"タイ" に関するエピソード

「これまでで一番お金を無駄にした話」

46歳 女性のストーリー
妹夫婦とのコミュニケーション費用

お互い結婚し、家を持ちました
距離も続柄も近い、よくいう「困ったとき近くにいればイザというときに…」精神で
妹夫婦は子供がいますが私たちにはおりません、少額ですが渡していました

渡すだけ! 渡しっぱなしです

妹は小さいころから上からしてもらう習慣がついておりました
母が上のものが面倒をみるものだと言って姉である私はびんぼうくじ的な役割で不満をもっていました
そんな感覚で大きくなって親になっても「してもらって当たり前」お偉いさま。です
注意したところ逆ギレで両親からも「子供がいないのだから渡すのは当然、しかも少なすぎる」と叱られて私も開き直りました

私たちは お互い様とお付き合いしたかったので妹と思う気持ちを捨てました
夫の妹夫婦が子育てのサポートをタイミングよく頼んできたので条件も「お互い様」だったので快諾し現在も良好な関係を築いています

私の妹夫婦とはほぼ絶縁状態です
「近くにいればイザというとき…」という言葉はただ人がいればいいだけではない
判断して動く人こそありがたいという言葉なんだなと実感しました

勉強料と考えるしかありませんが、「ありがとう」という言葉もないのに出したお香典、これらも含めて一番お金を無駄にした出来事です

金額にすると3万ぐらいでしょうか…
38歳 女性のストーリー
大学を卒業して、まだ世の中のことが何もわからない頃、実家に出入りしていた保険屋さんにうまく丸め込まれ将来絶対役に立つからと、保険会社の話だけを信じて高い年金保険に加入してしまいました。
またタイミング悪く円安になってしまい、ドル建てだったため、毎月の変動の振り幅が激しく、はじめの2倍ほど支払っていた時期もありました。
結局、払いきれなくなって5年ほどで解約したのですが、よくよく考えたら貯金したほうがずっと良いお金になったくらいしか払い戻しの金額がなくとても損をしました。
将来の貯金が出来るならと、気軽に始めた年金保険ですが、社会の仕組みや保険会社についてももっとしっかり調べてから加入すべきだっと考えています。

「人生で一番運が良かったなと思う出来事」

34歳 女性のストーリー
二年前に長女を妊娠しました。フルタイム勤務&通勤片道70分でしたが、「妊婦は歩いたほうが良い」と聞いていたので、たまにお腹張るけど大丈夫!と産休まで頑張りました。
里帰り出産のため、産休に入ってから一週間後に地元へ帰りました。
検診の予約がなかなか取れず、一週間後に受診。
先生から「赤ちゃん下にさがりすぎ!今すぐ入院してください!」と言われ、そのまま入院しました。
少しでも遅かったら危なかったと・・・
「やっと産休入ったし、生まれるまで遊ぶぞー♪」と意気込んでいたので少し残念でしたが、娘の命を守れてよかったと思いました。
本来の産休はもっと先だったのですが、有休を使って二週間ほど前倒して休みに入っていたのです。
とても運がよかったなと感じました。

「これまでで一番笑った話」

28歳 女性のストーリー
先日、洗濯物を取り込もうとした時のことです。
その日は、とても風の強い日でした。
夕方、洗濯物を取り込もうと、マンションのベランダに出てみると、ピンチハンガー(洗濯物干し)が隣の部屋の避難壁(仕切り板)に引っかかってしまっていました。
慌ててピンチハンガーを手前に引き寄せると、同居人の彼氏のパンツだけ、避難壁に引っかかって外れてしまい、壁の上に乗ってしまいました。
当時、まだ風は強く吹いていたため、隣の部屋にベランダに落ちる前にと、急いで手に持っていたピンチハンガーを部屋の中に入れ、ベランダへ戻ると、丁度、私が戻ったタイミングで、私の目の前で、パンツは避難壁の向こう側へゆっくりと落ちていきました。
壁の下からパンツが取れるのではないかと覗いてみたところ、壁の向こう側には、エアコンの室外機が設置されておりました。
こっそり、ベランダの正面側から、お隣のベランダを見てみると、室外機にパンツが乗っていました。
下着という恥ずかしいものでしたので、どうしても隣人に取ってきてもらうようお願いする気になれず、どうにか自分で回収できないものかと考えてみたところ、手を伸ばし、布団用の大きな洗濯バサミでパンツを挟むことを思いつきました。
試した結果、5秒ほどで無事にパンツを救出することができました。
後日、彼氏にこのハプニングを話したところ、当時の慌てようと、回収できてほっとしたのとを思い出し、めちゃくちゃ笑ってしまいました。

「これまでに出会った天才」

43歳 女性のストーリー
果てしなく円周率を覚えている人。
「一体どこまで言えるの?」と思うくらいずっと言い続けていた人がいます。
暗算で割り算をしながらでもおそらくこたえられるのでしょうが…それでもなかなかできないことなので感心します。
そしてこの方の記憶力はこれだけにとどまらず、100人以上の友人の携帯番号を全て覚えています。
ここまでくるともはやなんのためにやっているのか、覚えられているわたしたち友人側の人間のほうが逆に引きますが
聞いてみたところ、覚えようとして覚えているわけではなく、電話をかけるタイミングで目にするのでそこで自然に名前と電話番号を覚えたそうです。
思い出す際にも携帯の液晶画面が思い浮かぶとか。
凡人には理解できない天才です。

「わたしが出会った「さすがにこれは厳しい」という言い訳」

30歳 女性のストーリー
私の出会った「流石にこれは厳しい」という言い訳は私の姉の言い訳です。姉はニートで私からちょくちょくお金を借りることが多く、身内ということ、姉の尊厳を守るためもあり返金を要求したり、督促したりすることはありませんでした。しかし、長年の蓄積からわたしももう姉に貸していたら自分の生活もままならないと感じて貸すことをある時期に辞めたことがあります。その時、姉は彼氏からお金を借りるようになったみたいで、内心申し訳ないと思いながらも助かったと思ってました。しかし、姉の借りる理由が「◯◯(わたしの名前)の借金を返済するのが大変だからデート代は持って欲しい」という内容でたまたまラインを見てしまい発覚したんですが、その時の姉の言い訳が、「わたしと同じ名前の友人がいてその子の話だから!」と言われた時は同じ漢字でこんなタイミングでそんな人いるのかと苦しい言い訳を疑問に思いながら受け止めました。

「わたしの周りの結婚できなそうだなという人」

44歳 男性のストーリー
自分の海外に住んでた経験からすると、海外に住んでて自分は日本の価値観や男が合わないとほざいている日本人女性。
それは、要するに言い換えると、一歩下がって男をたてるとか、自分中心でないといけない、わがまま、礼儀、言葉使いが終わってる。そういう女性が多いです。
そういうのは大抵30代後半から50代くらいまで、で、外人と一度結婚してたりして、失敗してる人が多いです。
また、犬を買ってる女性。これも朝、晩の散歩やら、結局犬、要は自分の生活中心で、相手に合わせようとしない。自分が空いた時間のタイミングのみデートをしたいとかいってくるので、こういう人は無理ですね。
まず、他人を尊重するとか、そういうことがないので無理ですね。
で、そういうのに限って自分のみためはまぁまぁいけてると思ってるので、自分が本気出せば男がよってくるとおもって余裕ぶっこいてます。が、何回かデートしたりしてくると、そういう性格が露見されて、あーあそびでたまにあうのならいいけど結婚は無理だなと男のほうが思ってきます。
自分は男性なので男目線からかきました。
31歳 男性のストーリー
36歳の同僚で、彼氏もいないと思われる女性がいます。
彼女は月~金曜日までフルタイムで働き、職場は渋谷ですが、千葉の幕張方面の実家で両親と暮らし、毎日通勤に往復4時間程かけて通っています。移動時間も長いので、プライベートな時間も取れていなそうで、出会いもなさそうです。フルタイムで勤務しているなら職場で出会いが...と思いますが、残念ながらうちの会社は家族経営の個人事務所で従業員は少人数で男性社員はみんな既婚者です。取引先や外注先などの対面の付き合いもほとんどないので、職場で男性との接点はほとんどありません。
その上、モテそうとか、男性ウケしそうとか、家庭的、いい奥さんになりそう、などの印象はなく、都心のお金持ちセレブ風のママさんを見ては理想を高めて憧れてしまっています。
見た目は綺麗にしていますが、人間として薄いというか魅力がありません。婚活やマッチングアプリも頑張っているようですが中々うまくいってないようで、そういう場でも人としての魅力って大事なんだと思います。
アラフォー、独身、実家暮らし、理想が高くて、仕事人間、プライベート時間もほとんどなさそう、な女性は結婚は難しそうだなと感じます。

「わたしがやめられないもの」

27歳 女性のストーリー
私が辞めたくてもやめられない事はタバコですね。10月に消費税がまた上がるといいますがタイミングよく使用していたアイコス本体が壊れてしまい、二日間辞めることも検討しましたが結局吸いたいっという欲求のが買ってしまい新しく購入してしまいました。。
タバコは無駄遣いな様な気がするのですが吸いたいというメリットがあるので何年もこの考えから抜け出すことが出来ずに禁煙本も読みましたが完全にタバコ好きが消えません。
今後禁煙がもっと当たり前になり喫煙所が限られた日本になると思いますが、その時までに辞めたい気持ちはあります。。
他人本望です。。

海外では既にもう禁煙が広まっており日本は世界と比べた際には遅れている方だとききます。先のことを考えた際にはやめられないけどやめた方が賢明。。
48歳 男性のストーリー
私のやめられないものはラジオです。
普通に聴くのもそうですが、聴けない時は、radikoのアプリを使ってタイムフリー機能を使って聴いています。 特にFM横浜にはまっています。
朝9時から12時迄のLOVELYDAYでリポーターをやっている藤田優一君が好きです。神奈川県の至るところにリポートしています。たまに県外にもでてリポートする事もあります。はぁい藤田で~すがキャッチコピーで愛嬌のある方です。 番組中に3回リポートの時間があります。
また12時から15時迄Ene good for you がやります。これもリポーターがいて、穂積ユタカことホズミンといいます。スポーンをキャッチコピーに明るいトークが自慢です。 これも神奈川県をリポートしますし、たまに県外に出る事もあります。番組中に2回リポートがあります。
特に昼間用事がある時はradikoのタイムフリーで聴いています。
30歳 男性のストーリー
チョコレートがやめられないです。
新作のチョコレート味のお菓子などが出ると必ず買ってしまいます。
コンビニスイーツなどもクオリティが高いので必ずチェックします。
冷蔵庫にも常にストックがあります。
バレンタインデーのチョコレートも、主人の分はもちろん買いますが、
自分のものを買うのにとてもこだわって時間をかけて吟味してしまいます。
ごはんよりもチョコレートのほうにお金をかけてしまいます。
主人とけんかして許せない時も、おいしいチョコレートを買ってきてもらえるとつい許してしまうほどです。
妊娠中に体調が悪くて寝たきりのときも、チョコレートだけは唯一食べられたので、
自分の子供ももしかしたらチョコレートが好きな子に育つのかなと思います。

「苦手だったのに得意になったエピソード」

30歳 男性のストーリー
学生になっても、社会人になっても実家暮らしで、母が専業主婦だったので食事も掃除も洗濯もすべて任せていました。
楽だと思いながらもこのままでいいのかという気持ちもあり、25歳位から週末は夕食を作ってみたり、自分の部屋の掃除をしたりしました。
しかし段取りが悪かったり、作業が雑だったりとなかなか上手くはいかず、かえって手間がかかると面倒でした。
そんな私が結婚をして親元を離れて生活をするようになりました。
主人は神経質ではありますが家の事をほぼやらないという非常に厄介なタイプです。結婚当初はちゃんと生活できるか不安でした。
試行錯誤の末、2年経った現在、フルタイムで働きながら朝夕の食事作り(出来合いの物はほぼ使用しない)、掃除、洗濯、地域の活動をこなす私がいます。
完璧とはいかないかもしれませんが、快適に過ごせる環境にはなっています。
人間は必要に迫られたら予想以上の実力を発揮するのかもしれません。自分でも驚いています。

「もっとも尊敬する人」

34歳 男性のストーリー
私が最も尊敬する人は専門学校時代に短い間だけ交流のあった先輩です。
その先輩は私が大学を休学して声優や役者について学ぶ学校に通っていた時に出会いました。
初めて出会った時に個人的に感じた第一印象は最悪で「いい加減でお調子者」につきました。
でも、何故か嫌いになれずむしろ一緒にいる時間が心地よくすら感じました。
ちなみに同性の先輩ですので恋愛感情等は在りませんでした。
その先輩は頻繁に忘れ物や授業の無断欠席等をしていましたが突拍子もない演技や表現に何度も度肝を抜かれ、「あぁ、こんな人を天才っていうのかなぁ」と思っていました。
その先輩との最初で最後の苦い思いでは1年生と2年生の歌唱とダンスの合同発表(通常の学校でいうテストのようなもの)で私と組んでいて前日まで共に練習していて当日の朝も電話とメールで連絡を取り合っていたにも関わらず、時間になっても発表の場所に現れず音信不通になってしまいました。
私は万全の発表も出来ず、講師の方々からは物凄い叱責を受けてしまいました。
あの頃は入学して数ヶ月位で二人で作ってきたものを急遽、一人用にアレンジする等という事まで頭が回りませんでした。
結局、その先輩はその日以降も音信不通になり1週間程後に学校も辞めてしまいました。
前置きが長くなってしまいましたがどうしてその先輩を尊敬するようになったのかというと彼は父親を早くに亡くし母親も身体が弱かった為、弟と妹の面倒をみながら新聞奨学生の制度で学校に通いその他にいくつもアルバイトを掛け持ちしていたという事を別の先輩から聞かされたからでした。
あと、先輩は決して天才ではなく睡眠時間を殆ど取らずに影で練習に明け暮れていたとも聞かさました。
学校や学外の練習中にそんな素振りは全くみせず正に白鳥のような人だと今も感じます。
発表の日以降、音信不通になってしまったのは身体の弱かった母親が急遽亡くなってしまい。
連絡するタイミングを逃してしまい私に会わせる顔が無かったからと聞かされました。
出来ればもう一度会ってお話したかったと今も時折思い出します。
51歳 男性のストーリー
アイルトン・セナ
世界的に有名なF1ドライバーです。当然、何度もワールドチャンピオンになったことは素晴らしことですが、若くて才能があったこと、アスリートとして勝つこと、勝つために最善のことを考え行動していたことは尊敬します。ただ、そのレーシングスタイルなどから、周りから避難・中傷されることも多く、また、ナイーブで同じドライバー仲間が事故で怪我をした時は、酷く傷つき、レースに出ることを悩むこともあり、そのような人間性を見せることからも、ただ神のように尊敬するのではなく、近い存在として尊敬ができました。ドライバーの安全を最優先に行動を起こしたことのほか、慈善事業にも積極的で、恵まれない子供たちにの支援活動も実施していたことから、そのような社会人としても尊敬できる存在です。
30歳 女性のストーリー
祖母です。幼少期に父親を病気で亡くしてから母親、兄弟たちと力を合わせて生活し、戦争中でも様々な工夫をして乗り切りました。
祖父と結婚後、勉強をして医療事務の資格を取り、子育てと仕事、舅や姑の世話などをこなしていきました。
当時は(40年位前)コンビニもなく、加工食品を今ほど充実はしていませんでした。祖母は忙しい生活の中でも毎日の食事は必ず自炊していたそうです。
また、子ども達にも安心、安全な物を食べさせたい、という気持ちからおやつもほとんど手作りだったそうです。
私も幼い頃祖父母の家に遊びに行くと野菜をふんだんに使用した料理や出来たてのおやつを食べていました。どれもとても美味しかったです。
料理だけでなく、洋服や小物類を裁縫で作ったりもしていました。
さらに趣味でハーモニカをやっており、演奏会に参加したり、趣味の料理の講師や地域の広報誌のコラムの執筆もしていました。
現在85歳になった祖母は身体の調子は衰えてきましたが、私たちが遊びに行くと美味しい料理を用意して出迎えてくれます。
私は2年前に結婚してフルタイムで働きながら家事もやっています。祖母のようにはいかないかもしれませんが、憧れであり目標にしていきたいです。

「わたしの初恋と、その結末」

18歳 女性のストーリー
私の初恋は小学校三年生ぐらいの時でクラスの男の子でした。その子とは小学校一年生からずっと同じクラスで給食の話や先生の話などたくさんお話しもしたし、休憩時間の時に複数でふざけたりして仲は悪くはなかったと思います。
ある日、その当時親友とも言えるほど仲の良かったクラスの女の子から恋愛相談をされました。実はその子も私と同じ人が好きだったのです。私は応援したほうがいいのかどうなのか複雑な気持ちになりました。自分の本当の気持ちを女の子の友達に言うか迷いましたが、仲が良かったしそんなんで崩れる中ではないと思い打ち明けたらその子も、受け入れてくれました。
結局二人ともその男の子に告白はせず実らなかったのですが、小学校五年生の時友達に〇〇(初恋の人)がお前のことが好きらしいよと言われました。タイミングさえ合えばなあと思いました。恋愛ってタイミングが本当に重要だなと幼いながらに学びました。
29歳 女性のストーリー
私の初恋は3歳の時でした。近所に住んでいた3つ年上の男の子です。その男の子とは毎日一緒に遊んでいました。近所のお母さんたちにも、「将来大きくなったら〇〇くんと結婚する!」と言っていたくらいです。
しかしその子が小学校に上がると、一緒に遊ぶこともほとんどなくなってしまいました。私はバレンタインデーにチョコレートを渡していましたが、ホワイトデーでもらうこともありませんでした。だんだん疎遠になり、お互い顔を合わせても挨拶しかしなくなり、「あぁ、これで私の初恋も終わったのだな」と思ったのを覚えています。
その後は私も幼稚園に新たに好きな男の子ができ、初めての失恋を克服しました。今となってはとても素敵な甘い思い出です。
18歳 女性のストーリー
私の初恋は小学校三年生ぐらいの時でクラスの男の子でした。その子とは小学校一年生からずっと同じクラスで給食の話や先生の話などたくさんお話しもしたし、休憩時間の時に複数でふざけたりして仲は悪くはなかったと思います。
ある日、その当時親友とも言えるほど仲の良かったクラスの女の子から恋愛相談をされました。実はその子も私と同じ人が好きだったのです。私は応援したほうがいいのかどうなのか複雑な気持ちになりました。自分の本当の気持ちを女の子の友達に言うか迷いましたが、仲が良かったしそんなんで崩れる中ではないと思い打ち明けたらその子も、受け入れてくれました。
結局二人ともその男の子に告白はせず実らなかったのですが、小学校五年生の時友達に〇〇(初恋の人)がお前のことが好きらしいよと言われました。タイミングさえ合えばなあと思いました。恋愛ってタイミングが本当に重要だなと幼いながらに学びました。
29歳 女性のストーリー
私の初恋は3歳の時でした。近所に住んでいた3つ年上の男の子です。その男の子とは毎日一緒に遊んでいました。近所のお母さんたちにも、「将来大きくなったら〇〇くんと結婚する!」と言っていたくらいです。
しかしその子が小学校に上がると、一緒に遊ぶこともほとんどなくなってしまいました。私はバレンタインデーにチョコレートを渡していましたが、ホワイトデーでもらうこともありませんでした。だんだん疎遠になり、お互い顔を合わせても挨拶しかしなくなり、「あぁ、これで私の初恋も終わったのだな」と思ったのを覚えています。
その後は私も幼稚園に新たに好きな男の子ができ、初めての失恋を克服しました。今となってはとても素敵な甘い思い出です。

「死ぬかと思った話」

32歳 女性のストーリー
飲食店を経営していた時の話です。
お店は少し治安の悪い場所にありました。
お客さんは個性的な方が多かったです。ある日、近所の店から私の店のことを聞いたと、新規のお客さんが来て常連さんになってくれました。
何回か来てくれていたある日。「ツケで飲ませてくれ」と言われたので、お断りしました。

1週間後にまたきて、カウンターに座るなりビールと言われたので、ビールをお出しして一緒に飲ませていただいていました。そしてお会計時に「財布がない!ツケにしてくれ!」と言われ、明らかに嫌がらせだと思い警察に連絡しました。その途端、今まですごく良い人だったのにいきなり店の中で暴れまくり、椅子やコップなどを投げまくり、私にも掴みかかってきました。
殺される!と、思ったタイミングで警察が駆けつけくれ、警察に連れて行ってもらいました。あの時、警察があのタイミングで来なければ…と思うと、今でもゾッとします。
40歳 女性のストーリー
いけないとは思いつつ、移動する時間が長いのでついついながらスマホをしてしまいます。
電車やバスなど席に座っている時には何ら問題はないのですが、私は歩いている時にもながらスマホをしてしまうんです。
どこでもやるわけではなく、自宅から最寄駅の往復の道でしてしまいます。
危なかった兆候は多々あり、赤信号だと確認もせずに横断歩道を渡っていたということがありました。
運よく、クルマが来ていないタイミングで横断してしまっていたのでそれまでは危ない思いをしたことがなかったのですが、つい数ヶ月前、クルマに轢かれそうになってしまいました。
クルマの方が少しでも私に気づくのが遅かったら‥。
ブレーキを踏むのが、ハンドルを切るのがと考えるとゾッとします。
30歳 女性のストーリー
タイへ一人旅に行った時のことです。
行きの飛行機にトラブルがあったりして到着が大幅に遅れ、泊まるゲストハウスに着いたときにはもうヘトヘトでした。
すぐにでも寝てしまおうかとも思ったのですが、お腹も空いていたしお酒も飲みたかったので歩いて少しのところにあるコンビニへ行くことに。
すると、渡ろうとしていた横断歩道にバイクが突っ込んできて、頭が少しぼーっとしていた私は反応が遅れて、思い切りぶつかってしまいました。
意識はあったのですが思いどおりに身体が動かせず「なんか血が出てるけど、英語もタイ語も話せないし、あんまりお金ないし、知り合いもいないし、もしかしてこのまま死ぬんじゃないだろうか」とさえ思いました。
ですが、その場にいた地元の方々や、騒ぎを聴きつけてやってきてくれたゲストハウスのスタッフさん(日本人)に助けられ、無事病院で治療を受けることができました。
幸い後遺症の残るような怪我もなく、治療費も相手の負担で済みました。

「誰かに聞いてもらいたい愚痴」

31歳 女性のストーリー
自慢ではありませんが私はよく人に道を聞かれたりするタイプの人当たりが良さそうな顔をしています。正直性格はそこまで穏やかではないですし、自分を犠牲にしてまで人に何かをしてあげようと思うほどお人好しではありません。
ある日、毎月の生活費を入金しようと思い郵便局へ出かけました。その郵便局はATMが1台しかなくタイミングによっては多少待つこともあります。私がその場に着いたとき3人が並んでいました。正直早く済ませたいと思っていたので少しイラつきました。一人目が終わり二人目の母(祖母?)娘が使い始めると振込にとても手間取っていました。大きな独り言を言いながら機械の操作に手間取り、約5分・・。「いやあ、良く分からん、出来ん。後ろの人に悪いわね!変わろうか!」と言いました。内心(始めからさっさと諦めて譲れよ・・)と思っていたのですが、そのおばさんはなんと私の前に割り込むのです。カチンときた私は「すいません、順番並んでるんですけど。」というと「いや、一人譲ったからいいでしょ。」と訳の分からない言い分。普通並びなおすなら一番最後尾につきますよね?!結局私もう一度「私も順番待ちしてるので私の後ろに並んで下さい。」キレた口調で返すとそのおばさんは「あら怖い、いいわいいわ、○○ちゃんこっちに並び直そう。いやあ、振込難しいわあ・・」とまた独り言をいいながら後ろに並びました。娘も娘で、我関せずな態度でスマホをイジイジ・・。お前の母(祖母?)が意味不明な理論かましてるの聞いてるなら諭すなり、たしなめるなりせんかい!と一人脳内でキレていました。世の中こんな変な言い分を突き通そうとする老害が多くありませんか?またそれを見てもなにも思わない若者も変じゃないですか?

「忘れられない先生の話」

21歳 女性のストーリー
高校生の時、私が入学式の時と同じタイミングにやってきた現代文の先生の話です。

最初から様子はおかしかったのですが、1番驚いたのが 羅生門 の授業の時でした。
最初はラジカセを使って音声さんが読み、クラス皆で聞き、それを踏まえて授業に入りました。
羅生門の登場人物である、老婆 や 下人 など、カラスまでも急にモノマネをし始めて、そんな先生は見た事がなく、クラス中で話題になりました。

その先生は自分のことを おっちゃん といい、私のクラスでほかの教科の授業をしていても前後のクラスでその先生が授業していたら、急な叫び声、急な音、等々とてもインパクトのある授業をする先生だったので、最初は他の教科の先生も 何?とはなっていましたが、高校三年生になるにつれ慣れてきたのか、 またやってるなぁ と発言する先生が増えてました。

今まで出会った中で一番インパクトがあり、授業中はとても賑やかな、親父ギャグが溢れ、冷たい空気が流れまくりでしたか、生徒のことも見て、ラフな関係で接してくれる、優しいおっちゃん先生でした。

「人生で一番贅沢した話」

59歳 男性のストーリー
一番贅沢をしたのは、高額ながら高性能スポーツカーを
現金一括(当時総額350万超)で買ったことです。
乗用車を買ったのは3台目でしたが、一番気に入った物が手に入りました。
ボディーは小型で、ほぼ5ナンバーサイズ(幅のみが3ナンバー)に収まり、
狭い道でも扱いやすく、正しく楽な運転姿勢がとれ、安定した走り、加速の良さ、
ハンドリングの気持ちよさなどを兼ね備えた最高の乗用車です。
フロントデザインも他の物にない独特な風貌で気に入っています。
高価格なこの車を買える金銭的余裕が有る時に出会えた幸運なタイミングに
感謝したいです。
もう20年近く乗っていますが、未だ手放す気になれません。
高性能な車だけに、世間では乱暴に乗って事故を起こす人が多くいるようですが、
私に言わせればこんな良い車を雑に扱うのは非常にもったいない話です。
私はこの車に乗ってからこれまで無事故で来ています。
これからも丁寧に運転し、大事に乗って行きたいです。

「人生最大の失恋話」

26歳 男性のストーリー
4年半付き合った彼女がおり、自分が大学入学と共に上京をしましたがそこからも遠距離恋愛をしていました。遠距離恋愛が1年過ぎた頃自分が実家に帰ったタイミングで彼女とデートをしていたのですが彼女の様子がどうもおかしかったです。問い詰めても何も言わず自分が東京へ戻った日の夜に別れを告げられました。自分が上京した後に浮気をしておりその後まさかの浮気相手との間に妊娠していたそうです。それを言い出せずにそのまま時間が過ぎ我慢出来ずに別れを告げられました。それを聞いた時には笑うしかありませんでした。今では子供も産まれ浮気相手とは離婚したそうです。自分が高校の3年間と大学1年の青春を捧げた人が今ではシングルマザーだと知るとやるせない気持ちでいっぱいです。

「これまでの人生で悟ったこと」

37歳 男性のストーリー
人生でチャンスは何度かやってくる。そしてそれが周りからは危ない橋を渡るようなものだと言われても、何故か自分にはチャンスで必ず利益が出るというのが感じられる時がある。
そういう時は必ずそのチャンスを手放してはいけないというのをこれまでの人生で悟った。
自分でこれまでに2度ほど大きいチャンスに出会った事があるが、それを両親に否定されそのチャンスをものにする機会を失った。
今でもその時にやればよかったと後悔しているし、今では状況も全く違うので同じチャンスがもし来たとしてもそれを実施する事が出来ない状況に置かれている。
チャンスとは金や時間、自分にとってすべて良いタイミングで来るときがあるのでそれを逃したら将来のためにならないというのが思い知らされた。
49歳 女性のストーリー
今まで人生を歩いてきた中で、勉強や趣味、習い事などで、いつかやってみたいと思うことが、常にいつも、いくつか持ちながら過ごしてきました。いつかトライしてみたいと思いつつも、なかなかタイミングが合わなくて始められなかったり、せっかく立てた計画が何か別の用事と重なり流れたり、本当に自分がやりたいと思うことを実行に移せなかったり、ということが度々ありました。最初は、自分のやりたいことが、なかなかスタートさせられないことに焦りを感じていました。焦って、忙しい生活を送る中、時間を作って無理やり始めたりもしましたが、そんな風に始めたことは上手くいかず、最後までやり遂げられずに中断することもしばしばでした。そして、私は「何事にもタイミングがある」と悟りました。やりたいことがあっても、何かが邪魔して上手く始められない時は、「まだ機が熟してない」ということ。そんな時にスタートさせても、上手くいかずに、良い結果は得られないことが多いです。それに気付いた私は、何かを始める時に「機が熟すのを待つ」ようになりました。「機が熟した」と感じた時は、不思議と何の邪魔も入らず、すべてのタイミングが上手く合い、流れるように物事が順調に進んで行きます。言葉では言い表せない直感のようなこの感覚を感じながら、「機が熟す」タイミングを感じながら、これからも行動していきたいと思います。
41歳 女性のストーリー
人生は、いつどんなタイミングで終わるかわからないし、自分がどう生きるか、どう楽しむかを考えなければあっという間に終わってしまうものだと気がつきました。

これまでの人生の中で、そのときどきで悩みがありました。人間関係で悩んだり、仕事で悩んだり、恋愛や親、兄弟関係など。

でも、兄弟や親しい人とのお別れを経験し、自分が悩んでいることは、自分のプライドや固定観念、こだわりからくるものがほとんどだと気がつきました。

何のために生きているか、自分の存在価値や、人生をどう楽しみ、何を大切にしていくかを考えなければ、ただ必死に駆け抜けて終わってしまうと思います。

例えば、家族や自分の将来に備えて節約をし、貯金をする。
これも、将来の事だけを思って節制だけしていても、今が苦しくて終わってしまいます。

今の時間は今しかないし、将来健康に自分が生きているかもわからないし、何もできないかも知れない。

だから、今の時間のためにもお金も使い、時間を大切にしたいとかんがるようになりました。

悩みは、自分の正直な気持ちに真っ直ぐかどうかを考えてみます。

周りの評価や目を気にし過ぎていたり、意味のない事にしがみついて苦しんでいただけだったりすることも多いです。

一度きりの人生だから、出来るだけ後悔のないよう、今できる事をし、今の幸せも考えて生きて行きたいと思います。

「どうしても許せないこと」

26歳 女性のストーリー
高校生の時に2つ上の先輩と付き合っていた。同じハンドボール部で部活後に一緒に帰っていたり、帰宅後は毎晩遅くまで電話をしていたのだが、半年経ってから電話をかけても出ない日が増えた。本人はアルバイトで出られなかったというが、他の知り合いに聞いたらその日はアルバイトはなかったと言った。気になる私はある日、先輩が部屋に遊びにきた時にタイミングを見計らって携帯を覗き見した。するとよく見る名前の人と電話やメールをしていることが発覚。その人は私の親友だった。私と先輩が付き合っていることを知りながら親友は先輩と浮気をしていた。私はその子に喧嘩をした時や先輩の誕生日プレゼントについてよく相談していたため、なおさら怒りがこみ上げてきて、バレて謝られた今でもずっと許すことができない。

「嘘みたいなほんとの話」

19歳 女性のストーリー
小学生のころ、学校のブラスバンドに所属していたのだが、ある日音楽室から体育館に打楽器をを運ぶ時間があった。同じパーカッションパートの友達と仲良く談笑しながら鍵盤打楽器を押し廊下を移動していたのだが、話がひと段落ついたところで二人とも話すことがなくなり無言の時間が。
しかしお互い無言でも気まずくない関係だったため無理に話をしようとしなかった。
私は特に何も考えずなんとなく歌をくちずさんだのだが、そこで驚きの展開。友達も全く同じ歌の全く同じところを全く同じタイミングで口ずさんだのだ。
私も友達も「え!?今のすごくない!?」と大興奮。
今でも顔を合わしたらときたま「あれすごかったよね」とその時の話をします。
37歳 女性のストーリー
私は昨年結婚したのですが、主人と初めて出会った瞬間に、あれ?私この人と多分すごく仲良くなると瞬時に思いました。
実際に話していると全く同じタイミングで同じ言葉を言ったり、連絡を取ろうとするタイミングが本当に同時だったり、同じ鼻歌を知らない場所で同じタイミングで歌っていたりと、やたらとシンクロすることが立て続いていました。
もちろん、そんな状態なので、出会ってからは仲が良くなる一方で、必然的にこの人と結婚するんだろうなともすんなり理解できました。
20年前ほどにも、初対面でこの子と仲良くなるなと瞬時に何か感じるものがあった同性の子がいましたが、その子とも今でも大親友です。
ソウルメイトには出会った瞬間に何か感じらものがあると聞きますが、その瞬時に、あれ?と感じるのが私にとってまさにそれなんだと思います。

「学校や仕事をサボってやったこと」

43歳 女性のストーリー
大学の授業があるのにもかかわらず、映画を観てまわりました。
昔は観客席が500席以上が当たり前の時代(昭和ですね)
80席や120席と小さな映画館がレアで私はとても居心地が良かったので、
レトロな映画、例えばチャップリンの「モダンタイムズ」など観ていました。
1960年代に流行った映画などよく上映されていた映画館だったので、
バブル時代にはとても珍しい劇場だったでしょうね。
大学の授業では代返(友人に代わりに返事をしてもらう)をしてもらい、
映画三昧だったのは、のちの仕事にも生かされたような気がします。
それは、卒業後ファッション界へ就職したことです。
映画の中の衣装や背景との色合いやコーディネートを学生時代に映画を観ていたことで
沢山学んだような気がします。

「人が豹変した話」

25歳 男性のストーリー
私がかつて在籍していた営業系の会社の社長が、豹変した話です。
社長は面接もしてくれた方で、凄くニコニコとしたやさしい面持ちの方で、質問にも丁寧に
答えてくれ凄くいい印象を持っていました。入社してからもしばらくは優しく、
契約を獲得したときには自分のことのように喜んでくれてたまに呑みに誘ってもくれました。
そんな中、私自身調子を落としてしまい契約数に伸び悩んでいました。ちょうどそのタイミングで
社員全体の給料が上昇しノルマのようなものを設定されました。
調子を落としてしまった私は2ヶ月続けてそのノルマを達成することができませんでした。
そうすると、面談をするよと事前に聞いてた私ですが、優しい社長のことだから
アドバイスなどをくれるのだと思っていました。しかしいざ、面談の場に行くと怖い顔をした
社長がおり、「使えない人間は首だから」といわれました。
あんなに優しい人でも裏の顔があるのだと驚きました。
以来
37歳 女性のストーリー
いつもとても温厚で優しい友達の旦那さん。とにかく美味しいものが大好きで、その方イコール美味しい料理と言うほど、食へのこだわりが強い方でした。その家族には女の子の子供も2人いて、その方は本当に娘にデレデレでとにかく優しい印象だったのですが、ある日ホームパーティーにお呼ばれして伺った際の事。その方のこだわりの料理で振舞ってくださり、とってもゴージャスなお料理がご用意されていたのですが、なんと食へのこだわりが強すぎるあまり、温かいものは温かいうちに食べないと嫌だと言う概念もあり、なんと唐突に食べずに遊んでいる娘2人を怒鳴りつけました。せっかく美味しいタイミングで出しているのだから、早く食べなさい!と本気でブチ切れて、かなりびっくりしました。

「人生が変わった出来事」

52歳 女性のストーリー
昨年の話しです。私はとある会社に、パートとして働いていました。15年間、どの社員さんにも負けないくらい残業もバンバンやり、サービス残業もかなりこなし、持ち帰り仕事も頻繁でした。後から入社した人は、私がパートとは思ってない人ばかりでした。
長く勤務していたので、わからない社員さんに一から教え、部署の責任者が変わっても業務が滞る事はありませんでした。
定年まで10年、忙しくはありますが好きな仕事だってので、このまま続ける気持ちでしたが、事件は起きました。
5年勤務したら「無期雇用に転換」される制度ができ、制度ができてから5年目でした。そんな事を知らない私が5年目を迎えるタイミングで、契約更新せず期間満了で退職させられました。
仕事ばかりしていた自分が、理不尽な理由で無職となり今だにやる気が起きず、仕事もせず呆けています。
人生何が起きるかわかりません…
26歳 女性のストーリー
18歳で妊娠が発覚。
通っていた高校を中退し、結婚出産。
育児に参加もしない旦那はすぐ外に彼女を作り、理由を見つけて私を実家へ丸投げ。
それからは離婚に向けて水面下で動く日々。
18歳ながら悪知恵は豊富で、どうやって落としいてれやろう、そんな事ばかりを考えていた。
離婚すると決まって旦那も安心したのか、まだ事実嫁である私に彼女の相談。
妻子がいるからまだ色々付き合いを待ってもらってるなど家に連れてきてもいいかなどなど。
二人でドライブか外食かに出掛けている車の横についた事もあった、信号がたまたま赤になり横を見ると向こうも気づいたように急発進。
律儀にその当時流行っていたタイムラインに逐一行動を書いていて、写真は何故か嫁にツーショットを送り付けて来た。
全て印刷して、向こうの親の前に叩きつけてやった。旦那は顔を引き攣らせ失笑。ざまぁみろ。

「修学旅行の思い出」

26歳 男性のストーリー
高校の時の修学旅行の話である。私が当時在学していた高校は【北海道】、【沖縄】、【シンガポール】の3ヶ所から選択できるのだが、私は沖縄を選択した。その理由はその当時の好きな女の子(仮名、A子)が沖縄を選択していたからであった。今振り返るととても安易な発想ではあるが、当時の私にとっては重要な問題であった。なぜなら修学旅行の期間で告白することを決めていたからである。
修学旅行の主な日程は到着日(1日目)は午後から街の散策。2日目に海でのレクリエーションが予定されていた。つまり、A子に告白する時間はこの2日しかなかった。
街の散策は同じ班になることは叶わなかったが、2日目のレクリエーションの時間は同じ班になることができたのである。神は私を見捨ててはいなかった。
そして運命の2日目。今までになく、良い雰囲気になった。これが沖縄の海の力なのかと1人気分揚々と過ごし、片付けの時間。
周囲の友人が上手く気を遣ってくれ、2人きりになったタイミングで意を決した。
(私)『好きです。付き合ってください。』
(A子)『え、(しばらくの沈黙)
ごめんなさい
33歳 女性のストーリー
修学旅行の思い出と言えば、始めてのスキー体験でしょうか。
沖縄出身のため、雪はもちろんスキー等にはほぼ縁がなく修学旅行のインイベントとしてスキーに行ったのですが。
二泊三日の二日目。前日にはっちゃけすぎた男子が調子に乗って半袖で動き回って熱を出しスキーがでくなくなるなんてお約束もありつつバスで移動。みんなそわそわしながらスキー場へ向かいました。
スキー場ついてグループ別れインストラクターさんの元へ。人数としてはクラスの女子の半分なので8人程度。ドキドキのスキー体験が始まるはずだったのですが、そのインストラクターさんがまさかのスパルタタイプ。いや今考えるとこの人数みるインストラクターさんも大変だったなとは思うのですが、スキーなんてやったことの無い中学生女子に厳しい厳しい。
まず、初体験で道具の扱い方もろくにわからない私たちが見よう見まねで真似た動きを「違う!そうじゃない」と語気も荒々し訂正から始まり、インストラクターさんのテンションに怯えてなかな滑り出せない友人の背中無理やり押す、びっくりして転ぶと怒る。
あまりの状況になかなか上達できない私達グループにイライラしたのか急にストックを回収し出しそのまま滑れと言い出す。あげく、上手い子には優しく下手な子には厳しいまさかの対応で、非常にがっかした体験でした。
修学旅行の文集で私達のグループ全員スキー体験楽しみにしていたのにインストラクターさんが怖かったと示し併せたように書いたぐらいです。
いや、まあ、ストックを外すのは練習としてはありなのかなと今なら思いますが当時は逆に怖かったし何よりスキーなんてもうやりたくないと思いました。
ある意味インパクトがすごかったので、思い出と言えば思い出ですが、もう一回ぐらいちゃんと納得のいく経験して思い出を上書きできたらなと思いながらはや十数年。いまだに縁がないのは、これがある種のトラウマなのかなぁと思わなくもないです。
40歳 女性のストーリー
高校時代、まじめな人間だと先生に思い込まれていた私。
夜に違う班の子の部屋に行って騒いでたら先生に見つかり、1時間ほど正座で説教。
「まさかあんた達(ほかのまじめだとおもわれてた人たち)がこういうことするとは思わなかった」と言われ・・。
羽目を外してしまったんですね。それ以降、しばらく先生達に目を付けられるようになりました。当たり前ですけどね。
修学旅行先が、戦争でひどい目に合ったところで、そこの記念館(といえばいいのか?)に行ったのですが、しばらく中で見学していたのですが、雰囲気にのまれたのか、すごく気分が悪くなって、途中で見ることができなくなって、リタイヤしてしまいました。友人にもそういう子がいて、その子は入り口付近で「もう入れない」と言って入り口付近のいすで座り込んでました。
35歳 女性のストーリー
高校の修学旅行、沖縄へ行くはずでした。関東の海無し県民にとって海は憧れです。
しかしこの年、9.11が発生。その影響で、飛行機は危険とされ、行き先が変更になってしまいました。変更後の行き先は苦渋の決断、京都・奈良・大阪。あぁ、憧れの沖縄…。なぜ苦渋の決断かって?私の高校はキリスト教の教えをもつ高校だったのです。“いい機会だから、他の宗教も学んでくるといい”学校側はそんな風に言ってましたね…。
災難はまだ続きます。
初日、グループ行動の日。私は先生とのやりとりをする、グループの連絡係でした。制服の胸ポケットにケイタイを入れたまま、トイレに行ったんです。用を足して水を流す。“ボトッ。”何が起きたかすぐには分かりませんでした。しかし胸ポケットをさわると、ない!ケイタイがない!和式の水溜まりに見える物体は、私のケイタイ。そう、水没です。すぐに取り出し、洗って拭いて動作確認をしますが、液晶が死んでいます。でも、動くっぽい!?先生に話をして、連絡係は別の子に変わってもらいました。あとは地元の彼氏に、連絡できないって連絡しなければ。でもどうやって?思いついたのは、同機種を使う友達のケイタイを隣に置き、ボタンを同じ回数押して、メール送信。通話はできなかったけど、通信はできました!(後日確認済。)
この後三日間、ケイタイ無しで過ごしました。修学旅行は楽しかったけど、苦い思い出です。

「奇跡だと思った話」

24歳 女性のストーリー
これは一人目の長男、出産時の実体験です。
臨月まで無事何事もなく進み
予定日いざ1週間前
そろそろかなと思っていた矢先、
夜中から微妙に痛みが伴いました。

我慢できそうですが念のために、病院に連絡をすると
お産の入院セットを持って来いとのこと。

そのまま病院で朝を迎え、いつ波がまた来るかと期待していましたが、来ず。
子宮口も2cmから全く動かず。

朝方5時すぎ、私の目の前に数人の大人がバタバタ。私も何が何かわからないまま、
酸素マスクをつけられ、旦那は外へと言われていた。
のちに分かったことは、胎児機能不全でお産がストップ。胎児の頭に10分間も血が流れていなかった状態でした。
このままだと母子ともに危険です。と医師から告げられ個人病院から急遽、国立の大学病院へ、緊急帝王切開での出産。

あの日、痛みを我慢して病院に電話せず、
家にいたら…と考えると恐ろしいです。

本当に奇跡でした。生まれるタイミングを我が子はしっかり教えてくれたように感じます。
44歳 女性のストーリー
美容院にて、螺旋階段の2階部分から足を踏み外して、転がるように落ちていき、螺旋階段の隙間から1階フロアに頭から落下しました。
頭部に激しい痛みと、ギーンという大きな耳鳴りが響き渡り、起き上がろうとしても目眩のような感じでグルグルまわって起きる事もできず、慌てて駆け寄ったスタッフさん達が私を心配しながら「頭から血が出てるので救急車を呼びますね!」と声をかけてくれました。
血が出てると聞いて、硬いフロアタイルに2階から落下したので、このままもう駄目かもと少し諦めながら、意識は絶えないように救急車の中でも頑張ってみました。
病院に運ばれて手当てを受けてからCTなどの検査をし、とりあえずは異常は見られないが、頭が少し割けているとの事で、その場で縫ってもらい、通院という形になりました。
翌日から通院しましたが、先生いわく、奇跡的に打ち所も悪くなかったのか、この程度で済んで良かったと言われ、風呂も翌日から許可がおりました。
ただ、頭を強打している為、今は良くても数ヶ月後になって急変する事もあるし、目眩は当分続くから気を付ける旨を伝えられ、通院も2週間で終わりました。
頭からまっ逆さまに硬いフロアに転落して、この程度で済んだのは私としても奇跡だと思っていますし、その時の事を思い出すと今でもゾッとしますが、後遺症もなく1年が無事過ぎましたので、今現在は少しホッとしています。

「これまでに一番勇気を出した瞬間」

18歳 女性のストーリー
高校生の頃、私の口の悪さが原因で、仲違いしてしまった友人がいました。
その友人とは、仲違いするまでは休み時間はいつも一緒に過ごし、放課後や休日はいつも一緒に遊んでいたほど仲が良かったため、仲違いしてしまった後は、とても寂しく、とても悲しく、一度謝罪をしましたが、もう一度さらにきちんと謝罪をしたいと考えていましたが、友人から避けられていたために話しかけられず、謝罪するタイミングが見つかりませんでした。
そんな時、体育祭のリレーの選手にその友人が選ばれ、私は自分の事のように嬉しくなり、友人に祝福の言葉をかけようとしました。ですが、今仲違いをしている私に祝福された所で嫌な気持ちになるかもしれない、となかなか言い出せずに、ついに放課後になってしまいました。私は、この機会を逃せばもう仲直りできないだろうと思い、勇気を出して友人に「おめでとう、あなたがリレーの選手に選ばれてよかった、自分のことのように嬉しいよ」と声をかけました。
すると、友人が笑顔になり、ありがとう、と言ってくれました。
友人も、仲直りする機会を探っていたようだったので、この時、勇気を出して声をかけてよかった、と本当に思っています。
そして、本当に大切なものは失ってから気づくということをこの事で実感したので、もう二度と友人を傷つけるような言動はするまいと日々心掛けています。

「一番ひどい友達からの裏切り」

37歳 男性のストーリー
高校時代、同じ部活の女の子に告白し、付き合いだした。デートを重ね、自分としては純粋だったため、のめりこんでいった。付き合って5か月目のある日、突然別れを告げられた。意味が分からなかった。ただ、彼女から一方的に「私たちって合わないよね?」との一言だった。別れた次の日、誰にも言っていないはずの二人の別れを授業で一緒になった女の子が知っていた。「A君もショックだよね。まさかB君に取られるなんて」意味が分からなかった。聞けば、私の親友と彼女が付き合い始めたそうだ。手をつないで校内を歩いていたと教えてくれた。後から分かった話だが、彼女はもともと、そのBのことが好きだったが、私に告白されたことでタイミングを失い、しゃーなしの付き合いを始めたそうだ。そんな中、Bと教室でたまたま二人っきりになった際、私と付き合っている事実を隠して告白し、成功したのだそうだ。
34歳 男性のストーリー
一緒に起業した友達からの裏切り話です。
海外で事業を興し、軌道に乗り始め、いざこれからというタイミングでした。

ある日、友人から会社を辞めると連絡がありました。私は東南アジア、彼は日本を担当していました。
突然のことに困惑しましたが、すぐに帰国することもできませんでした。
何度連絡をしても一向に返信はありませんでした。
また、それだけではなく、会社の資産から彼が勝手に決めた彼の取り分を無断で奪われてしまったのです。
会社の経営、目先の仕事、関係各所への説明に終われ、毎日が地獄のようでした。
そんな私の状況を見かねて、創業当初からお世話になっている方が助け舟を出して下さいました。
そのおかげで、危機を乗り越え、今は元通りに経営ができています。

が、未だに彼とは連絡が取れません。

「この職業で良かったなと思う瞬間」

42歳 女性のストーリー
書店で働いています。
毎年夏休みになると、とあるママさんが私を訪ねてきてくださいます。
お子様が1年生の夏休みの時に、夏休みの宿題の読書感想文の本のおすすめをたずねられて、何冊か選ばせていただいたのはじまりです。
お子様は本はあまり好きではないのだけれど、どんな本がいいかというお話でした。
ちらちら雑談を挟みながら、お子様の好きなものや生活を探りながら選んだ本数冊をお買い上げいただき、数日後には本が好きではないというお子様がしっかり読んで感想文も提出できたとのこと。
おすすめはしたものの、実際に気に入っていただけるかは全く未知数だったので、とてもうれしい報告でした。
仕事としては当たり前のことをしただけなのですが、その日から私はその親子にとって夏休みの宿題専門のコンシェルジュです。
ほんの限られたタイミングのやり取りですが、それでも目に見えて誰かに喜んでいただけるのは、充足感と幸福感に包まれるひとときです。
好きな本を買ってただけるだけでも十分なのですが、この仕事でよかったなぁとしみじみできるのはこういうときなのだなぁと思います。

「男または女に生まれて良かったなと思う瞬間」

33歳 女性のストーリー
私には、今年3歳になる娘と、今年生まれの娘がいます。二人とも、私の大切な子供です。
主人も私も子供が授かりにくい体質らしく、自然には難しいと言われており、人工授精を考え始めていたときに授かった子供でした。二人目は、体質が改善されたらしく、ベストなタイミングで自然と授かりました。
お腹に宿った小さな命を大事に大切に守りながら十月十日。胎児と共に愛おしさも育みながら、会える日を指折り数え、そして無事出産を迎えたときの喜びは何事にも変えられないほどの感動です。
こればかりは、主人に代わってくれと言われても代われません。主人は男、私は女ですから。残念。
この時ほど、ああ、女に生まれてきてよかったなと感じたことはありません。

「一番おいしかった食べ物」

26歳 女性のストーリー
初めてタイに行った時に食べたものの話です。
普段あまり旅行ガイドは買わないのですが今回珍しく購入して旅行に挑みました。
同行する友人とは予定が合わず事前に旅程を組めなかったのですが、行きの飛行機でとりあえずわカレーを食べようという話になり、プーパッポンカレーと書かれているものが美味しそうであったため、ガイドに書かれている通り、ソンブーンというお店でプーパッポンカレーを食べることにしました。
プーパッポンカレーはカレーというよりはカレーを混ぜた炒め物という感じで、カニ、卵、ニラが混ざっています。
カニから出汁がたくさん出ていて、旨みがぎゅっと詰まっていて今まで食べた中で一番美味しい食べ物だと思いました。

「おじいちゃん、おばあちゃんとの思い出」

31歳 女性のストーリー
小さい頃、父方の祖父とよく近所の公園に遊びに行っていました。
祖父は公園に行くたびに、途中のコンビニでジュースを買ってくれました。
私は毎回不二家のネクターを買ってもらっていました。
今でも大好きで、自販機やスーパーで見つけては思わず買ってしまいます。
いつまでも忘れられない思い出ですし、思い出の味です。
父方の祖母は、祖父が亡くなってから一緒に住んでいました。穏やかで優しい祖母でした。
結婚式に来てほしい、と思っていましたが、残念ながら間に合わずなくなってしまい、悲しかったです。
結婚が決まり、相手のご両親への挨拶も終わったタイミングだったかと思いますが、夢に祖母が出てきて、とっても良い笑顔で何かを私に向って話しているんです。
夢の中の私はびっくりして声も出ませんでしたが、目が覚めて改めて考えると、
あぁ、結婚が決まって喜んでくれて、おめでとうって言いに出てきてくれたんだな、と思いました。
一番優しい思い出です。

「結婚っていいなと思った瞬間」

29歳 女性のストーリー
勤めている会社の方たちが、今までの呼び方が旧姓だったものが新姓に変わった時
結婚っていいなと思えました。

交際4年目に入り、遠距離恋愛を続けていた彼と同棲を始めました。
同棲初日にプロポーズを受け、
元々結婚を前提に同棲の計画を立てていたので即OKしました。

春にプロポーズを受けたのですが、籍は記念日に入れたい願望があり、
その年の秋に入籍しました。
それにより、春から勤めている会社では旧姓を名乗っていました。

籍を入れてしばらくの間は、今までの名前から変わることに違和感を覚えていたようで、同僚や私自身も旧姓を使って仕事を続けていました。
そんななか、普段の会話の中で結婚生活の話題も徐々に増えてくると、あるタイミングで急に同僚から新姓で呼ばれ始めました。

旧姓を名乗る機会がなくなる寂しさもありましたが、それ以上に、自分の好きな人と同じ名字で呼ばれるという状況が嬉しくて仕方がなかったです。

まだまだ新姓で呼ばれることに慣れていないのですが、当時呼ばれたシチュエーションも声色も鮮明に覚えているほど嬉しく、結婚っていいなと思えた瞬間でした。

「独身っていいなと思った瞬間」

45歳 女性のストーリー
40代、独身です。好きな職業、好きな人に囲まれてようやく生きられるようになりました。この環境を手に入れた瞬間、独身で良かったと思いました。なぜなら、もし自分を自分で満たす術を知らずに私が結婚したとしたら、おそらく自分も相手も大切にすることができずに結婚生活は破綻していたでしょう。人によってさまざまな順番で学びというのはやってきますが、結婚という学びはおそらく私にとっては今のタイミングではないか、必要のないことなのだと思います。自分自身を満たし、周囲の人たちを満たす。その基本的なサイクルができたことで本当の意味で独身でも、結婚していてもどちらでも良いのだと本当の意味で思えるようになりました。導きに感謝しています。
35歳 女性のストーリー
食事ひとつにしても、独身であれば、作るのが面倒だったらご飯も出来合いのもので済ませたりしても誰にも文句を言われません。
撮りためたドラマを徹夜で観ていて、休日に起きる時間がお昼を過ぎても怒る人もいません。
結婚していると、スーパーで買うお惣菜やコンビニ弁当を何日も続けて食卓に並べるわけにもいかないと思います。
休日の予定も、どうしても相手と合わせなければいけない部分が出てくるでしょう。
会社へ行く時の朝の準備も、洗面所を使うタイミングで揉めるかもしれないですし、
長風呂して相手をイラつかせるかもしれません。
結婚したことがないので想像に過ぎませんが、部屋で好き勝手に時間を使っても、自分の自由を邪魔されない時は、
「独身っていいな」と思う瞬間です。
46歳 女性のストーリー
独身はやはり独身貴族です。
自分が独身のころは結婚がいいなと思っていましたが、いざ結婚すると独身がいいなと思うようになりました。
自分で生活を支える必要はありますが、自分のペースで生活できます。
結婚という出来事をきっかけに無理やり家族扱いとなった義理の付き合いもありません。
職場にも義理のお付き合いは生じますが、家の中まで踏み込む内容ではありませんよね?
「近くにいればいざというとき」や「相手に義理をかけておけば・・・」と昔から伝説のように聞いてきた話はどこまでホントの話なのか?と苛立ち苦々しい思いを何度もして家族という信頼関係も崩れ信用できる人がいなくなる家族がいても孤独を味わうくらいなら独身がいいです。
私も結婚前にタイプスリップできるなら自分に言ってあげたい。
「独身」がお得だと。
28歳 女性のストーリー
出産してからは自分のタイミングで好きな時に出掛けたり、好きなことして過ごすことが全く出来なくなってしまい、独身時代をもっとゆっくり楽しめば良かったかなと思うことが多々ある。特に自分の好きなアーティストのコンサートや、ライブ、イベント等は子供の居ない平日昼間しか出掛けるタイミングがないので中々難しい。預け先を見つけて、お願いしてまで…となるとやめとこうと思ってしまい、余計に遠退く。忘年会や新年会ですら、あまり家を空けたら良くないかななどと考え出したらやっぱり行けない。服も、独身時代のように流行のおしゃれなのを身に付けたい気持ちはあるが、公園や保育園などには着て行けなかったり、自分好みの服は場所を選ばなくてはならない。オシャレして子供に汚されたら…とか考えたら結局安全な服を着てしまう。

「そういえば昔夢見ていたこと」

66歳 女性のストーリー
世界中の遺跡を訪ねてみたい。エジプト、インカ、イースター島、ボロブドールの遺跡、ッポンペイの火山灰に埋もれた廃墟、イギリスの先史時代の遺跡、ペルシャ戦争の後、チンギスハンの墓、などなど。子供の頃から夢みていた。
でもいまだにインド、タイ、ハワイの3国を訪ねたのみ。
この先この年でこの夢が実現できるだろうか。
でも、何が起こるのかわからないのが人生。
期待を持つことをあきらめないでいようと思う。
いつか奇跡が起きて、世界一周旅行に招待されるかもしれない、いつか、宝くじで大金があたって世界一周も夢ではないかもしれない。
いつか、世界の大金持ちのセレブに見初められ・・・無理かな・・・
でも、空想するだけでも、しないよりはまし。
だって、思考は現実化するって、誰か言っていましたよね。
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あらすじ
「あなたの番です」あらすじ
いろんな瞬間
結婚っていいなと思った瞬間
独身っていいなと思った瞬間
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