"S" に関するエピソード

「これまでで一番驚いた話」

34歳 男性のストーリー
つい最近、交流が途絶えてしまった女性の話ですが、その方は、元々、僕が行く趣味の鉄道模型店にいた方で約6年位前に知り合い、その後、お店を諸事情で辞められてしまいましたが、お店にいる時にSNSで繋がって、辞められてもやり取りをしていて、また、お店にいる時から舞台女優をしている話を聞いていて、ある時、違うSNSへやり取りを変えた事をきっかけに出る舞台へ見に行く事があり、最終的には10回近く行ったと思いますが、そのうちの2回目の時、舞台のパンフレットを購入し、その際、その女性のプロフィールに`ハイスクールマンザイ優勝´と書かれていて、この時は大した大会ではないと思っていましたが、ネットで調べたら吉本興業主催の高校生の漫才全国大会で、しかも、相方の男性からスカウト(相手の事情でコンビ別れしたらしく…)されて組んだ急造コンビな上、約2ヶ月位で東海地区代表となり、そのまま優勝(その際、審査員だったオール巨人師匠が女性を称賛)し、当時の様子も写真と記事がネットに残っていて、見てなお驚きました。

「これまでで一番お金を無駄にした話」

26歳 女性のストーリー
これまでで一番お金を無駄にしたのはたくさんのゲームを買ったことだと思います。

小さいころからゲームが好きで新しいゲームが出るたびに買っていましたが、ほとんど長続きしなくて
やってもすぐに飽きてしまうのに新しいゲームがでると買ってしまったことです。

3DSがやりたくて買ったのに1週間で飽きてしまいもう使っていません。

どこにあるかも分かりません。
高かったのに1週間しかやらなかったのでほんとにお金の無駄なと思います。

すぐに飽きてしまうことが分かっててもまたやりたくなってしまいまた買ってしまいす。

これからは、飽きないように長く遊べるように頑張りたいと思います。

1つのゲームで遊びたいと思いました。
今までのゲームを並べてみるとこんなに買ったのかと反省しています。

「わたしの周りで大変身した人」

28歳 女性のストーリー
中学時代の同級生Yの話です。

Yとは小学校から一緒で、見た目は背が高くふくよかですが、穏やかな性格の子で、身長の割にはあまり目立つタイプではなく、クラスの中心からは一歩離れたような存在でした。

中学では同じバレーボール部に所属し、身長を活かして大活躍できる…かと思いきや、少女バレー上がりの部員に勝るものもなく、3年間をほぼベンチで過ごしていました。

勉強も中の中、性格も相変わらずの穏やかさで、中学3年間も目立たず騒がず過ごしていました。

そんなYとも、私が県外の高校へ通ったのを機に疎遠になり始め、すっかり会わなくなってしまいました。

高校卒業をし、成人を迎えても、成人式にも来ていないY。
地元を離れてしまったのかと思いつつ、私たちが中学卒業の頃は携帯もまだその歳では持たない時代だったので、連絡先も分からず、会うことは叶いませんでした。

しかし、SNSの広がりで容易に繋がりを持てるようになり始め、もしかしたら…とYの名前を検索してみました。

すると、見事にヒット!
…したのですが、そこには別人のようなYの姿がありました。
黒髪のショートで大人しい印象のままでしたが、打って変わって、そこには長い茶髪を緩く巻き、大きなつばの帽子を被り手を添えてポーズを取り、妖艶な表情をする美女と化していました。

更に、職業を見ると、なんと「DJ」と書かれていたのです!
SNSのプロフィール欄は、イベントの告知でびっしり…

大人しく穏やかだったYが、見事に人気DJに大変身していて、度肝を抜かれました。
21歳 男性のストーリー
大学時代からのお友達なのですが、スタイルがよく高身長のバスケ友達が、いつの間にかモデルのお仕事を始めていたこと。
もともとバスケットボールを通して知り合った方なのですが、最近Instagram等のSNSでの投稿頻度が上がったなと薄々感じていたのですが、大変びっくりしました。
コンテストなどにも出場していたりなど、多岐にわたる活動の展開していく感じが、モチベーションの高さを表していて、やっぱ根っこはスポーツマンだなと子感じる次第ではあります。

バスケをしていた頃よりInstagramでの活動が活発になりみているこちらとしても楽しい。

昔にもまして自信に満ち溢れた表情に進化していて勝手に嬉しい気持ちになりました。
28歳 女性のストーリー
学生時代、私の友人の友人ですごくスタイルが良くてオーラがあって同じ大学生なのに、すごいなあと圧倒されていたのですが、実は読者モデルをしていると友人から聞いて驚きました。

その上、某有名恋愛ドキュメンタリー番組に出演するようになり、大学は途中で辞めてしまっていたようなのですが、某有名恋愛ドキュメンタリー番組に出演してからもオーラは変わらず、というよりもオーラが増していて、びっくりしたのと、最初から住む世界が違っていたんだなぁと感じさせられました。

今はもう結婚もして、お子さんも生まれたみたいですが(某SNSより)同じ大学に行っていて、同じ教室で少しの間だけ一緒に授業を受けられたこと、同世代の彼女の活躍が嬉しいです。

「これまでで一番笑った話」

33歳 女性のストーリー
同窓会の飲みの席で友人づてに聞いた話です。
浮気がバレて彼女を失いそうになった私の元クラスメイトの男性(30代前半)。
そんな彼は、頭がちょっと悪い以外は会話も面白く、空気が読めて、年齢の割にも童顔で甘え上手な性格から、女性の母性本能をくすぐるやつでした。
浮気がバレてしまい、それに気付いた本命彼女に別れを匂わされて焦って名誉挽回しようと決意した彼は、ハリポタオタクである本命彼女を映画グッズで釣って仲直り…と計画するも、それは関西のUSJ限定商品のようでした。購入代行を現地の人に頼みたいと考え、何故か浮気相手の彼女に依頼したそうです。
この時点で???なのですが。

無事希望通りのグッズを入手でき、ホッとして大喜びした彼。
浮気を反省するどころか、感謝のあまりお礼にディナーをご馳走しそのままホテルへとしけ込み、浮気続行したようです(謎)。
その日はクリスマスイヴでした。

翌日のクリスマス、家に呼び出した本命彼女に「どや!」とでも書かれたような顔でグッズを差し出す彼。
「メリクリ。これ、欲しかったやつやろ?」

無表情だった彼女はその一言で更に表情を一変、地を這うような声で「メリクリってかさぁ、」

「メリクリじゃねえ!!メリークルーシオ!!!」

と言い放つと、呆然とする彼の首を締め上げた後、言い訳の隙もなく張り手。そのまま去って問答無用で連絡を絶たれてしまったそうです。
本命彼女はおそらく、元カノのSNSなどで文面や、購入グッズ等同じ物を見て確信したのだと思います。

クルーシオはハリポタの世界における禁断の魔法の1つ、相手を苦しめる拷問魔法の呪文です。
首を締め上げられながら唱えられるなんて想像するだけでトラウマものです。ハリポタオタの彼女怖え……。

いつでも詰めが甘く、浅はかで憎めない彼の性格と、ブチギレた本命彼女が上手いこと言ったのが、聞いているうちにツボに嵌ってしまい、つい今までになく笑ってしまいました。

「わたしが出会った「さすがにこれは厳しい」という言い訳」

45歳 男性のストーリー
専門学校の教員をしています。
学生達は協力企業での実習があります。
私は学生達の指導教官として、協力企業へと出向き、学生指導担当の社員の方と実習の進捗状況について情報交換をします。
とある学生が、期限が今日までのレポートを学生指導担当に提出しませんでした。
今まで教員として、レポートが間に合わない学生達の様々な理由を聞いてきました。
パソコンで作業していて突然電源が切れてバックスクリーンしていなかったとか、自宅のパソコンで作業して、USBメモリーに移したつもりが移っていなかったとかは本当によくある一般的な言い訳です。
しかし、この学生の言い訳は、一味違いました。

「昨夜自宅で作業していたら、突然宇宙人が窓から入ってきて、宇宙船に拉致監禁された」
「宇宙人に口を塞がれたところから、記憶がない」
「気がついたら朝になって、実習先にいた」

学生指導担当も、私も、口をぽかーんとあけながら話を聞いていました。
26歳 男性のストーリー
友達と久し振りに会う約束をしていた時のことです。その子は遅刻癖があったのですが、まず最初に「バスが遅れてるからちょっと遅れる」と連絡がありました。それはまだいいのですが、その後に「乗り換えのバスに乗り遅れた」「ATM行きたいんやけど、並んでるからちょっとかかる」とか「現地集合の方がすぐ行けそうだから現地集合にかえよ!」などと遅刻の理由をなにかとつけてくる子がいました。でも、前日のSNSには、遅くまで飲んでる様子の写真が挙げられていて、素直に謝ってくれたらいいのになぁと思いました。その子は遅れるのが当たり前ぐらいな感覚の子であまり気にしないタイプなのですが、今後の付き合いのためにもちょっと考えないといけないなと思います。

「「こんなお金の稼ぎ方があるんだな」と思った事」

28歳 女性のストーリー
フリーのイラストレーターや漫画を描いてそれを仕事にしている人は、ゲーム会社や出版社に一度勤めそこで実績や人脈を得てからではないとフリーで稼いでいけないと思っていたのですが、小学生からの同級生がイラスト作成サイトに登録しそこで稼いでいたことでその存在を知りました。
このイラスト作成サイトは、ゲームや小説で使用するような大きくてがっつり描いてある1枚の絵から、ツイッターなどのSNSで使用するアイコンにヘッダー、ブログデザイン、キャラクター単品にデフォルメ絵で描いてほしいなど、初心者でも気軽に絵の仕事を受注できるようになっているなと感じるサイトで、絵で稼いでいくと言ってもいろいろな方法や場所があるんだなと気がつきました。

「誰にも言っていない秘密」

34歳 男性のストーリー
完全な秘密ではないんですが、自分自身の趣味が鉄道模型(Nゲージ)を集め、それを貸しレイアウトというお金を払って、レールと街のジオラマが整備されたスペースで走らせる事をやっていますが、某SNSでは走らせている姿を上げているものの、所有する車両の紹介までしてはおらず、推測になりますが、所有両数は500両くらいになっていて、かけた総額も推測で200万円位になっているかもです。高々、ただのオモチャで何でそうなるんだと思われますが、所有する全て新品で買っていったという訳でもなく、新品で購入した物もあるものの、一部車両(例:蒸気機関車)の単価が高かったり、また鉄道模型は1度の生産で一般的なオモチャの様に大量に作る訳でもなく、さらに商品ラインナップから無くなりカタログ落ちではなく出てからしばらく経っている商品等は中古市場で人気車両の場合、定価~倍になってしまう事はよくあり、他にも貨物列車関係ならコンテナは基本バラ売りで新品だと単価的にもそこそこでチリ積になっていくので、かなり負荷になっていきます。多分、鉄道模型関係コレクターの方はこの経験される事はあるあるだと思いますが、行き付けの貸しレイアウトがある某チェーン鉄道模型店で見かけるお店の車両貸し出しでお試しで走らせる子供を連れた親御さんに言いたい事としては、お父さんがやっていたりなら良いんですが、0からで幼少期からの趣味としてはお金がかかるのでオススメしません(苦笑)。

「死ぬかと思った話」

25歳 男性のストーリー
あれはカリフォルニア留学にきてから間も無く半年が経過した頃だった。ようやく生活のリズムを掴めるようになり、英語で話す日常会話もなんとなくであったが会話できるようになった。というのも、会話の上達の為に手当たり次第に大学キャンパスにいる綺麗な女性に声をかけていた。その結果、日本人男性では珍しく留学半年でなんとアメリカ人女性とお付き合いすることができたのだ。人生はこのように上手く物事は進むのだと勘違いしていた20才の青年が死ぬかと思った話をしたい。

2017年11月23日午後4時頃。気温は17度。天候は雨。

このような状況で私は5車線あるハイウェイを走っていた。その日は可愛い彼女の誕生日だった。午後7時にサンフランシスコにある海辺にある白を貴重としたレストランで待ち合わせをしていた。私は自宅周辺で誕生日プレゼントとして高級フリースと鮮やかな黄色の向日葵を購入した。私は良い買い物ができたとす満足して彼女の喜ぶ顔が鮮明に浮かんだ。直ぐにでも会って抱きしめたいと考えた。そこでいつもより強くアクセルを踏んでいた。私の心はすでにサンフランシスコにあり、心ここに有らずという感じだった。このような心情で運転していた時に悲惨な事故が起きた。右車線を走る一台のトラックがゆらゆらと車線を無視して蛇行運転をしていたのだ。私はこれは危ないと思い速度を減速しようとした。しかし雨の影響でブレーキを踏んでも減速しないのだ。その時にはハンドルも効かずに”死”という二文字が頭を過った。そしてトラックが私の車線に入ってきた瞬間、、衝突した。
私顔面にガラスの破片が刺っていて手もおかしな方向に曲がっていたのだ。加えて何故か分からないが大切なアソコが猛烈に元気なのだ。幸いにも先方はこちらに対して怒号が飛び交う元気があった。そんな中で医療班がきて私の服を全て脱がしたのだ。もちろんこれだけの大事故なので多くの野次馬が自分の方をみている。だかおかしい何故?どうして脱ぐ必要がある?その服を自分の首元に巻いて自分の息子がおおっぴらになっているじゃないか!!
しかも反り返ってるし。みんな見てるし。なんか二重の意味で死ぬかと思った。

PS搬送後は二週間ほど入院して回復。彼女はぐちゃぐちゃの花を受け取り自分の株が少し上がった様子だった。とにかく死なずによかった。

「誰かに聞いてもらいたい愚痴」

46歳 女性のストーリー
5年以上まえから不仲になっている妹夫婦についてです

子供のいない私たち VS 子供のいる妹夫婦
よくある「お金のもらいっぱなし」がきっかけです

私たちと同居している両親も子供のいる妹夫婦の味方をしたことで家庭内で「7日間戦争」状態に。

数年経て和解を妹から提案されて受けましたがどうしてもギクシャクした状態でしたが、結局決別です(妹には伝えていません)

今年ガンで入院手術をしました、入院期間は12日です
そんなに長くありません、ガンといってもステージ2ですので早期発見・早期治療です

見舞いに来ない、たしか10年以上まえに妹の夫が入院したときには私たち夫婦、時間作って足運んでお見舞いを渡しました
人の時にはしらんふりです
 
「何もありません」 お見舞いメールの一言もありません

親からは姉妹近くにいればイザというときに助け合えると言われましたが、何もしない妹なんて要りません
夫も、「さすがに、姉をお見舞いしないなんて ありえない」
向こうが困っても助けないからと断言
私も同じ気持ちです
家族と思う気持ちを捨てました



「忘れられない夏の思い出」

49歳 女性のストーリー
1998年7月に横浜スタジアムで開催された氷室京介さんのライブに行った事が忘れられないです。
OneNightstandライブ、ファイナルとその前日の2日間参戦したのですが、ファイナルの日は座席がアリーナで前から2列目の席でした。
私は氷室京介さんのファンなのでライブは殆ど行っていますが、あの様な神席は最初で最後です。
アンコール最後の曲が終わったと同時に打ち上げられた花火の印象が強く残っています。アリーナ席はスタジアムから出る順番が1番最後でしたので、花火の綺麗さとライブの素晴らしさの余韻に浸ってました。
このライブはビデオで発売されたのですが、前から2列目にいた私はそのビデオに映っています。
自分が映っていると分かった時に、ビデオをもう一つ買ってしまいました。
現在、氷室京介さんは活動休止していますが、また夏の横浜スタジアムでサマーゲームを聴きたいと思うほど、私の夏の思い出になっています。
40歳 女性のストーリー
高校生の夏休みにイギリスにホームステイに行った時の人生最大のモテ期だった体験を告白します。
当時私は女子校に通っていました。中学まで共学だったので、出会いがなく、恋バナがしたかったのでオーバーに軽いノリでした。
日本にいた頃は、クラスでも三番目くらいに人気がある方でした。幼稚園から顔見知りの女の子たちのグループにいたら、その子たちが目立ってモテるので、その効果にあやかっていたと思います。地方にいましたが、そのグループの女の子で東京のモデル事務所にスカウトされ所属した人もいるくらいでした。
ナンバーワンにならないけど、時々アプローチされるくらいで私には充分でした。
高校は女子校でも、朝の通学の電車のホームで一緒になる男子高生に一目惚れし、彼もかなり人気あったのに、初めての彼女になったこともありました。
イギリスでのホームステイ先は、ものすごく歓迎される感じではありませんでした。私の数日前にも、日本からの留学生が帰国したばかりでした。
私は女子校のノリで、英語力はなくても恋バナでホストファミリーの同年代の女子2人と盛り上がって仲良くなるつもりでしたが、2人ともそんなに恋愛に興味がないようでした。

ホームファミリーに夢を抱いていた私は、コミュニケーションをとることを諦めました。

そのかわり新しい恋愛の出会いを探そうとしましたがきっかけがありません。

ところが、現地の英会話スクールへの通学に使っていた20代男性のバスの運転手さんが、どうも私へ好意を持っていたらしく、ホームステイ中、私の友達たち10人位のバス代をずっと半額にしてくれました。

また、友人のホームファミリーの男の子が、私のことをものすごく気に入ってくれたらしく、熱烈なアプローチをしてきました。その男の子に関しては、友人のホームファミリーということで、流石に遠慮しました。

極めつけは、ロンドンで有名なミュージカルであるCatsを最前列で友人達と見ていたら、Catsに出ている俳優が上演中にボディタッチなどでアプローチしてきました。

Catsは、最前列で見ていると俳優と目が頻繁にあったり、演出上、俳優が私の座席の近くで静止していたりするのですが、その間ずっと見つめあったりしていました。

容姿に自信がある方は、日本の映画の舞台挨拶で前の方に座っていると、かなり有名な俳優さんとしばらく目を合わせるという体験ができるチャンスもあります。

「忘れられない先生の話」

25歳 女性のストーリー
小学校5、6年のときの担任だった男性教師のS先生は忘れられないくらいすごい先生でした。

小学校の先生は中学高校と違って担任が全ての授業を受け持つ上、小学生を相手にしていますから、少し変わった方が多いと思います。
S先生も、授業中によく怒って職員室に帰ったりしていました。

ある日、放送委員のクラスメイト3人が朝の放送でミスをしてしまいました。放送ボタンを押したままお喋りをしてしまったのです。
もちろんわざとではありませんが、S先生はかなり怒りました。
朝教室に来るなり怒鳴り、3人を前に立たせてみんなが見る中説教を始めました。
1時間目が始まっても終わりませんでした。午前中ずっと3人を立たせて怒り続けました。
お昼になって給食の時間になってやっと終わったと思ったら、午後の授業が始まる時間になるとまた3人を立たせて怒り始めました 。
同じ事を1日中説教し続けました。
あまりの異常な長さにクラスメイトは先生の方がおかしいと、みんな3人を同情していました。
結局帰る時間まで説教し続け、何のために学校に行ったのかわかりませんでした。

今だときっと苦情が来ると思いますが、もう何年も前のことなので特に苦情も入らなかったと思います。
今あの先生がどんな授業をしているのか気になりますが、きっと変わってないと思います。

「人生最大の失恋話」

23歳 男性のストーリー
私には好きな女の子Sちゃんが居た。
Sちゃんはクラスの中でも人気が高く、いわゆる陽キャラと言われるイケイケグループの一員だった。
そのころはまだガラケーが主流で、やり取りもメールが一般的であった。
学生で在りながら携帯電話を与えられていた私は、Sちゃんとメールをすることに夢中になっていた。
メール世代の方はお分かり頂けるだろうが、”新着信メール受信“で何回メールが来ていないか確認したことか。
そんな甘酸っぱい日々を過ごしている中で、知り合いの男の子Hくんに彼氏ができたという情報が入ってきた。
「おお、あいつでも彼女ができたのか」
そう思った私は、自分にも彼女が欲しいと思うようになっていた。
「狙うはあの子しかいない」
そんなことを思いながら返すメール。ワクワクとドキドキを繰り返す。とても充実していたと思う。
ある日私は決心した。
「告白しよう」
そのようにして告白できたならよかったのだろうか。
臆病な私はぬるっと
「なぁ、Hくん彼女できたらしいよ。俺らも付き合ってみる?」とメールで打っていた。
今思うと、なんてかっこ悪い告白の仕方なのだろうと思う。
結果は
「ごめんなさい。」だった。
「まじか、、、」
そう思ったのも束の間、あるメールが飛んできた。
「Hくんの彼女、私だよ」
悲しみが一転、驚きと恥ずかしさに変わった。
「今までのドキドキは何だったんだ。。。彼氏持ちだということに気付かないなんて、しかも彼氏Hくんかよ、、」
恋愛は厳しいものだと認識させられる、中学生の時のエピソードでした。

その後、Sちゃんとのメールはぱったり途絶えました(笑)
27歳 女性のストーリー
大学生の時の話です。私は大学の授業終わりによくゲームセンターに行って遊んでいたのですが、同じゲームセンターに通う別の大学の男性の先輩にSNSを通じて知り合い
その後、ゲームセンターに行く時間がよく被る、と知ってから現実でも仲良くなりました。当時私は、太っていていわゆるデブでなおかつ、不細工の部類に入る程見た目はよくありませんでした。しかし、その先輩は誰にでも分け隔てなく接してくれて、私はいつの間にかその先輩に惹かれていました。しかし、私とその先輩、別の友人二人と食事に行った時にその先輩に彼女がいるという話が出て私はショックを受けました。しかし、私もこんなに惹かれるお方のだから先輩には他に、私より釣り合う彼女がいそうだな……と予想していたのであまりダメージはありませんでした。

「今だから言えるごめんなさい」

19歳 女性のストーリー
これは私が小学生だった頃の話。私の家庭はまあまあ厳しく、パソコンもケータイも与えてもらえず、9時には布団に入らなければなりませんでした。そのおかげで私は健康ですごく元気な少女でした。しかし周りの子はみんなDSやネットを見て夜遅くまで起きたり、他の子がする全ての方がカッコよく見えていました。例えそれが視力検査の途中でも。
私は健康少女だったのでもちろんA、目はすごく良かったです。しかし他の子が目が悪いとか言って違うカッコいい機会で視力を図っているのがとても羨ましく、私は見えないフリをしてわざと間違えました。そして私もカッコいい機会の方に連れていかれカッコ気分を味わえたので満足でした。
すると数週間後診断書が届き、眼医者に行ってくださいとのこと、ヤバイと思いながらも眼医者さんに行くとたまたま私は逆睫毛という症状持ちで、目が悪い筋が通ってしまい、私は眼医者通いに、、
小学校の間三年間ほど、目が悪いフリをするのは辛かったです、そしてお母さん余計な医療費払わせてごめんね。

「学校や仕事をサボってやったこと」

33歳 女性のストーリー
高校2年生の時の体験です。その日は校外学習で、学年全員が指定のミュージカルを見に行く日でした。
しかし、私と友達はそれには参加しませんでした。学校に学生や先生たちが居ないことをいいことに、体育館に忍び込むことにしたのです。体育館には大きなスクリーンとVHSプレイヤーがあり、友達との間で流行っていた山崎まさよし出演のドラマが入った私物のビデオを再生しました。体育館には友達と二人きり。まるで貸し切りの映画館を楽しんでいるようでした。いつ先生が帰ってくるかわからない、そんなドキドキ感で、正直ドラマの内容は全然頭に入ってきませんでしたが、そのスリルがたまらなく面白おかしく、大声で笑いながらドラマを再生したことを覚えています。

「人が豹変した話」

34歳 男性のストーリー
高校時代から、親友と行っていい友達がいました。高校時代は毎日遅くまで帰りもせずマクドナルドでとりとめのないことを話していましたし、卒業後も定期的に会って遊ぶなかでした。

話すことといえば、相手がかなりの遊び人だったため、これまでの恋愛遍歴や彼女とのもめごとなど、私は当時から全くモテておらず、彼の話を参考にして彼女ができればなぁ、くらいの気持ちでした。

大学生になって数年たち、やや疎遠になってきた頃、何気なく遠回しにお金を貸してくれないかと持ちかけてきました。当時、まだ金の貸し借りを軽く見ていた私は、深く考えずに20万円弱できたし、なにもかも考えずにぽんと貸してきました。

その後、何回か会うことはあっても、やぼったくもなるのも気がかりだったし、催促はしまけんでして。

その後、彼からの連絡は途絶えてしまい、電話やメールもわからない状態、SNSを漁ってもわからずじまい。

当時は親友なら、おカネの八潮浮く区
43歳 女性のストーリー
1年ほど前まで、数年間、比較的親しくしていた知人がいました。家族ぐるみで付き合いがあり、普通に交流していたんです。特に何のトラブルもなかったはずなんですが、ある日を堺にSNSなどが暗くなって「どうしたんだろう」と思っていたんです。
すると、いきなり彼がSNSで私や友人をブロック。しかも共通の知人に、私とトラブルになったとか、いろいろ悪口を言い出したのです。まるで原因がわかりませんが、その豹変っぷりにドン引きしました。結局まったく理由がわからないまま今に至ります。何人かの共通の知人には状況を説明しましたが、なんかもうどうでもいいや、と思って放置しています。世の中には怖い人もいるのだな、と思っています。

「人生が変わった出来事」

30歳 男性のストーリー
現在の介護職員として資格を取得して働いています。
元々は建築関係の仕事をしていて介護職とは汚いし、雑用の仕事だと思っており無縁の仕事だと思っていました。
とある日介護に疲れた母親が家を出て行方不明になりました。 捜索願を出したりSNSで拡散しましたが見つからなく、自分がじいちゃんの世話をする事になりました。 何もわからないまま訪問ヘルパーの人に介護を教えてもらい徐々に人の体に触るということが出来るようになりました。
半年が過ぎ母親が帰ってきて、その後すぐにじいちゃんが病院で亡くなり俺は母親にキレました。 1年間母親とも会わなくなり、「介護って家族でもいなくなる人がいるんだな・・・」って少し残念な気持ちと、腹立たしい気持ちが募り学校に通い資格を取得しました。 色々ありましたがあれからもう2年前たちます。建築の仕事も転々としたりしてたので今は介護職員として働けていることが満足です。 良く良くは自分の親の事くらい子供がしっかり見られるような施設を作ったり、介護を変えていきたい。そんな思いで今働いています。 この先どうなるかはわかりませんが、
あの時じいちゃんの事を最後まで看取って人生が大きく変わったので本当感謝しています。つまらない話ですが一生忘れられない出来事の一つです
42歳 男性のストーリー
人生が変わった出来事、それは大学を卒業して風俗業界に就職したことです。
大学は某電機大学で工学部を卒業、順当に行けば大学で学んだことを活かせる会社に就職し、順風満帆とまでは言わなくとも、平穏な人生を歩んでいたと思いますが、大学時代に交際した女性が風俗店で働き始めたことを知り、なぜか私自身も大学卒業と同時に風俗業界に進んでしまいました。
以後、警察のガサ入れがあるたびに店を変え、時には雇われ店長を経験し、SMクラブで働いたこともありますが、現在は文章を書く仕事に落ち着くことができました。風俗業界で知り合った人たちは、私が今まで付き合ってきた人たちとはまったく違う方でとても多くのことを学びました。順風満帆な人生ではありませんでしたが、私は今のこの人生をまったく後悔していません。

「修学旅行の思い出」

22歳 女性のストーリー
私の中での1番良かった修学旅行は小学生の時の修学旅行です。
なんといってもあの有名なUSJに行くことが出来たのはなによりも喜びに感じました。
それに、今であれば可愛いミニオンたちが楽しませてくれるので大人になった今だからこそまた違う楽しみ方をしてみたいなとも思っています。
USJに行けただけでなくいろんなお土産を買うことが出来たのもまた楽しかったです。
小学生時代の修学旅行はもうあれから早10年くらいは経ちましたが思い出しただけでもとてもワクワク感が止まりません。
入った瞬間からキティちゃんの写っているチケットをもらい今でも大切に保管しています。
このように楽しかった思い出しか個人的にはないなと感じています。
37歳 女性のストーリー
高校生の時の修学旅行が沖縄だったので、飛行機に乗ること自体が初体験で、特にトラブルはありませんでしたが、行きも帰りも発着陸が怖かったのを覚えてます。
沖縄に着いてからは「さすが元アメリカだなぁ」と思う事が多々ありました。
まず、宿泊したホテルでの食べ物はバイキング形式でしたが、全てがビックサイズ。
沖縄でしか食べられない、お料理ばかりだったので、バイキング形式で良かったなぁと思いました。
2日目の自由行動では、マンゴーアイス、シークワーサーのシロップのかき氷と、自分の地元にはないデザートを食べ歩きしました。
1番驚いたのは、ファストフード店に入り、ハンバーガーセットを頼んだ時に出てきたハンバーガーとポテトがアメリカンサイズで、飲み物なんてジョッキで出てきた事です。
やはり、地元のファストフード店では飲み物は紙コップでS・M・Lとサイズがあるのが普通なので、これには本当に驚きました。
学生時代の修学旅行で1番食べ物が美味しくて、楽しかったのは沖縄だけでしたし、率直に帰りたくないと始めて思えた場所でした。
29歳 女性のストーリー
小学6年生の修学旅行で、奈良と大阪を回ったのですが、その頃はUSJがまだ出来たばかりの頃で、人より早くUSJデビューが出来て嬉しかったことを覚えています。ジョーズは40分待ち、ジュラシックパークやバックトゥザフューチャーは1時間待ちでした。あの頃はまだ、今のように待ち時間が2時間もするものは無く、ETやバックトゥザフューチャーなど、今はないアトラクションもありました。ジュラシックパークに初めて乗ったときは、乗り物に乗って恐竜のいる世界をゆっくり進んでいくだけだと思っていたので、最後の最後でジェットコースターのように水の中へ滑り落ちていったときは、本当に驚いて大きな声を出し、笑い転げていました。面白すぎて、ジュラシックパークは1時間待ちにも関わらず、2回連続で乗りました。あの頃は、本当に体力があっていくらでも遊べていたように思います。

「「あなたの番です」のあらすじ」

20歳 女性のストーリー
手塚翔太、菜奈夫妻は結婚し、あるマンションに引越してきた。菜奈は住民会にでると、そこで遊び半分の交換殺人ゲームに参加することになった。住民は各自殺したい人を書き、住民で回す。そこから交換殺人ゲームが始まってしまう。管理人が転落死することからはじまり、住民の周りの人が次々と殺されていく。住民会に参加していなかった翔太も交換殺人ゲームの存在を知り、交換殺人ゲームを進めている黒幕を探していくことが1クール目の主な話であった。1クール目で1番の衝撃は最終回で菜奈が殺されてしまうことであるだろう。2クール目では翔太主体となり菜奈を殺した交換殺人ゲームの黒幕を探すことが主となる。バディとして横浜流星を迎えAIを使いながら犯人を模索していく。たくさんの伏線があり、住人の中に怪しい人物は複数いる。SNSでも犯人の考察が盛り上がりを見せており、回を追うごとに白熱している。残り2話となったいま、誰が犯人なのか、これまでの伏線を回収できるのか注目の作品である。

「私の変えたい過去」

34歳 女性のストーリー
私の変えたい過去は大学三年生の時に行った転職活動です。
あの時は「とにかく早く就職先を決めて、残りの大学生活を謳歌したい」というようなことしか考えていなかったため、企業研究もろくにしないまま就職活動をスタートさせてしまいました。
本当は一般事務に就職したかったのですが「志望動機を考えるのがめんどくさそう」という理由から志望動機が考えやすそうなSEで就職活動を行ってしまいました。
その結果、SEで就職が決まったのですが元々が法学部出身であり、文系人間だったのでいきなりプログラムが組めるわけもなく早々に挫折してしまいました。
また就職先が大きくない会社なので研修設備も整っておらず、一年目は毎日辛い日常でした。
あの時に戻れるのなら、就職活動の時に戻ってもっと真面目に就職活動をしたいと思います。
26歳 男性のストーリー
メンヘラセフレが妊娠。。その時の対応を失敗した。。

私が大学2年生だったときのことです。女に飢えてた私は、出会い系サイトを使ってセフレを探していました。確か「LINEチャット」というアプリを使っていました。2回ほど会い、なんと一回の中出しセックスで妊娠してしまったのです。
「ちょっと話がある。」という連絡から
「妊娠したかもしれない」と報告を受け

ここまではまだ100歩譲って仕方のないことではあるものの(ゴムをしていたら防げた話ですが)

このように返信してしまったのです。
「てか俺の子供?
違うだろ。
他にもセフレいたよね。
てか学生だし下ろしたほうがいいよ。」

ここからが悪魔の始まりでした。
相手は私のSNSの友達全てに友達申請をし、
この男は最低の暴力男、人殺し
などと投稿をし、非常にめんどくさいことになりました。

この経験から、犯してしまったことに対して紳士ある言動が出来ていればここまで大事にはならなかったと思います。

もちろん遊び女に中出しセックスをすることは良くないことですが、
事実が分かったときに

まずは体の心配であったり、一旦落ち着いて話し合う機会を設けたりするべきであった。

「一番ひどい友達からの裏切り」

35歳 女性のストーリー
27歳、私は友人と婚活をしていました。
お互いにしばらく彼氏がおらず、高校の同級生ということもあり、普段からよく遊ぶ子でした。
そろそろ結婚というものを現実的に視野に入れる年齢になり、街コンや婚活パーティーなど、一緒に参加するようになりました。
最初は楽しかったんです。
参加した後に反省会と称してご飯を食べに行ったり、お互いの近況報告をし合ったり。
そんな時に、気になる人がお互いに出来ました。
「グループでご飯を食べに行かない?」という誘いがお互いにあり、私は、友人と友人の気になる人の仲を取り持つ様に徹してその食事会へ行きました。
その計らいは成功したらしく、その後順調に、友達以上恋人未満な関係を続けている友人。
私もあやかろう!と思い、私の気になる人とのご飯に友人を誘いました。

「それって私に何のメリットがあるの?」
友人からそう言われました。
驚きすぎて何も返せませんでした。
メリットと言われてしまえば何もないかもしれませんが、じゃあ私が参加した食事会は何だったの…?と、納得出来なかった私はその友人と距離を少し置く様にしました。
すると、SNSには「あんなんじゃ彼氏できない」「無理やり合コンに連れて行かされそう」「あとはひとりで彼氏探して(笑)」など、私への悪口と取れるものが沢山。
行動の意図も分からなかったですし、そのおかげで何人かのを失いました。
今思い出してもイラッとしますし、あんな裏切られ方は今後二度とごめんです…
20歳 女性のストーリー
中学入学してすぐ友達になったAちゃん。
家も近く部活も一緒で毎日遊んで、毎週泊まって
高校が離れてもバイト先は一緒で週2回は必ず会うくらいでお互い隠し事がないくらい仲良しでした。
私は14歳の時に好きな人ができました。
中学生からしたらだいぶ年上だったので、Aちゃんにも相談できず高校入学するまでずっと黙ってました。
高校に入ってから、実はずっと好きな人がいると打ち明け、その時はAちゃんも応援するよと色々話を聞いてくれてました。
ですが、私は高校卒業しても好きな人との進展はないままでAちゃんは卒業してすぐ結婚して子供も産まれました。
それでも変わらず頻繁にAちゃんと遊んでは恋バナしてました。
好きになってから7年目、あまりに進展がないからかAちゃんが協力するから好きな人の連絡先を教えてとなり、その日からAちゃんは変わり始めました。
好きな人とはお兄ちゃんと妹みたいな関係な私達だったけど、毎日昼休憩と夕方には電話してメールしてだったのが、Aちゃんと連絡とるようになってから3日に1回に変わりました。
Aちゃんと遊んでる時にも、Aちゃんは私の好きな人と私そっちのけで電話したりメールしたりしてて、でもそれは私に協力してくれてるんだって思ってました。
それから半年くらいしてAちゃんは離婚しました。
離婚してすぐ、SNSでAちゃんと私の好きだった人が結婚したのをしりました。
後からわかった事ですが、連絡先を交換してから頻繁に会ったりして、私の好きな人を取ったんだと周りに自慢げに話をしてたことを知って、とてもショックでした。
それでも、今も、Aちゃんと好きだった人とは仲良くしてます。
30歳 女性のストーリー
10年ほど付き合いがあった親友に縁を切られた事についてです。
保育所の頃から交流が有り、よく遊んでいたAちゃん。家族ぐるみで仲が良かったのですが当時から私には一つの悩みがありました。それはAちゃんは言葉が凄くきついかったことです。
基本私のことは名前で呼ばないし、基本いっしょにいてもAちゃんの命令に従う時間の方が多く、最初はこんな関係に疑問も生まれず従っていました。
しかし、歳を重ね様々な人と関わることでどうしてこんな事を言われなければならないのかと疑問に思い始めました。

Aちゃんを含む仲の良い5人グループがあり、成人してからもLINEで繋がりはありました。
そんな中、グループ内についに子どもができたとBちゃんが報告。一気にお祝いムードに。あまり会いたくないとは思いいましたがお祝いの席は一緒に同席し、久しぶりに対面したのです。
Aちゃんは相変わらずで他の子たちも「Aちゃんどう言っても変わらないから…」と言及せずで、少し悲しかったです。

数年後、今度は私が結婚が決まり子どもが出来た際Aちゃんを含むグループLINEに報告した時です。
前のBちゃんの時は家に行き出産祝いを渡したり…そんな事をしていたのに私の時に誰もそんな話も出ず、むしろ無視。
その時に「ああ、私はただの召使だったんだな」と痛感して、グループを退会。

その後BちゃんのSNSに私を除いたメンバーで旅行に行っている事が書かれていて本当に関わった時間全てが無駄だったなと裏切られた気持ちになりました。
私にもなにか問題があったのかも知れないけど…直接言ってくれたら良いのに。

「男または女に生まれて良かったなと思う瞬間」

25歳 女性のストーリー
私は都内でSEとして働いていますが、男性の多い職種ですので、女性はすごく寛大に見てもらえるところがあります。
まず、仕事のアサイン自体がかなり気を使ってもらえます。炎上しそうにないもの、お客様が比較的優しいものを、上司が優先して回してくれます。理由は、「急な夜間作業とか女の子に言えないからね、夜道とか危ないし」とのこと。
男性と同じように仕事を何でも受けられないのは申し訳ないけれど、ストレスなく働かせてもらっています。
仕事面以外でも、職場での飲み会は、女性陣はほとんどお金を出していません。男性のにんずが多いので、少し多く出すよ、とみんながやってくれると、ほとんど払い終わってしまいます。
同じお給料をいただいているから、女性だからといってお金を出さないのもおかしいとは思うのですが、優しさに甘えてしまっています。
ずるいようですが、女に生まれて、快適だなと思います。生まれ変わったとしても女になりたいです。

「おじいちゃん、おばあちゃんとの思い出」

35歳 女性のストーリー
私の母方の祖母は、私がまだ小さい頃に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という国指定の難病で亡くなりました。
ALSの症状は全身の筋肉におよびます。歩行、手作業など末端の筋肉からだんだん進行し食事(嚥下)や呼吸も困難になっていきます。
そんな中、祖母は舌の筋肉が先行して衰えたため、真っ先に言葉を話せなくなりました。しかし、その他の身体機能に影響が出なかったので、在宅で暮らしていました。
ALSを発症後も脳は正常に機能するので、言葉が出なくなってからの祖母はどんなにかもどかしい思いをしただろうと思います。私は祖母がどんな声をしていたのか、思い出すことができません。
ですが祖母は、自由に動く体をすべて使って、一生懸命に私とコミュニケーションを取ろうとしてくれました。
ある日私がいたずらをして、畑の若いニンジンを抜こうとしたところ、祖母が慌ててやってきて、手で大きくバツ印を作り、困った顔で笑いました。
私はそのシーンを強烈に覚えています。祖母は本当に話ができないんだ、でも確かに私のおばあちゃんとして一緒に居てくれるんだ、と幼心に実感した体験だからです。
その後祖母の症状はあっという間に進行し、とても静かに亡くなりました。祖母と会話をした記憶がないことは、いまだに少し寂しいですが、不自由な体で一生懸命に末孫の私を愛してくれた祖母の大きな身振り手振りは、私にとって忘れがたい思い出です。

「自分は特別だと思った瞬間」

38歳 女性のストーリー
インターネットの世界ではなかなか真面目な人、誠意のある人との出会いは少ないイメージで、実際にSNSをやって仲良くなった人からの相談を聞いていてもネットの人間関係で悩んでいる方々が沢山います。ですが、私の周りには年齢等も関係なく、誠実な方が沢山いらっしゃってとても楽しく円満に過ごしています。個人的にLINEの交換をしてる方も多くいて、プライベートで何かあった時などもあれこれ相談したりして良い関係を築けている状態。昔から人との出会い運には恵まれている方だと感じていましたが、ネットの世界でもそれを実感出来ている現状です。こういった事を度々立ち止まって考えるのですが、その度に自分て何かしら特別な何かがあるのかなぁなんて思ったりしています。
35歳 男性のストーリー
私はエナジードリンクが好きでして、中でもMONSTERが一番好きです。時々、街で配っていることがあります。去年は3週間近く、街で配っていて自分は合計で15本近く貰いました。街では大町の入り口やフォーラス、青葉通り駅の近くで配っていました。
MONSTERは一本で200円以上します。それを15本貰ったので、約3000円以上、得をしたことになります。他の人にMONSTERのことを話したら、「運が強くてそういうの、もっているんですね」と言われたことがあります。自分でもびっくりするぐらい配っているところに出くわして毎回貰っていました。
さすがに自分だけがこんなに貰っていると自分は特別に貰っているのかなと感じました。

「独身っていいなと思った瞬間」

27歳 女性のストーリー
私は2歳の娘が居ます。
友達は結婚している子は少なく、独身で趣味に没頭している子達が多いです。
私も元々、趣味に没頭していて、独身を謳歌していました。
その為、独身の友達のTwitterや、Instagramを見る度に羨ましく思います。
特に、私が好きだった物の大イベントがある時には、かなり羨ましく思います。
イベントは大体平日が多いので、1人で出掛けることも出来ません。
かといって、子どもを何処かに一時保育させる事もお金が勿体無いと思ってしまいます。
独身の時と違い、お金を使うのにも躊躇してしまいます。
そんなお金に関しても、友達はよく外食したり、ディズニーランドへ行ったりして散財しています。
これも良いなあと思います。
でも、その反面友達は生活が安定していなく、仕事もなあなあなので、何だかなあとも思います。
33歳 女性のストーリー
20代前半時に友人が結婚をした。当時、彼女はウエディングハイを起こすほど喜んでいて、私も含め友人数名で苦笑するほどだった。
そんな彼女は旦那さんの仕事の関係で県外に引っ越してしまい疎遠になった。
当時交際相手も居ない私は会社の有給を使って某大型パークへ友人と遊びに行ったのだが、そのことをSNSで知った彼女は私のコメント欄に「あなは独身だから、そんなこと出来ていいわね。私なんて旦那がきちんとしてくれないから家のことは全部私がしているのよ」と恨みを込めた文章が書かれていた。
結婚式で見た嬉しそうな彼女の姿は忘れない。
だけど、彼女が独身の私に送ってきた言葉は私の結婚感を左右されるほどのことだった。こんなことがあって、私はまだ当分は独身を満喫しようと思っている。
32歳 女性のストーリー
私は現在結婚して、子供2人の育児中です。子供のことにかかりっきりになることが多く、家事や育児で毎日が終わってしまいます。
そんな時、SNSなどで独身の友達の近況がわかると、羨ましくなることがあります。例えば、海外旅行に頻繁に行っていたり、国内でも温泉や美味しいものの食べ歩き、お洒落なカフェなどに行った日常が綴られていると、良いなと思ってしまいます。
家族がいると休みを調整しなければならず、なかなか思うように旅行もできません。また近場であっても、お洒落なカフェには子連れで行くことは気が引けます。
育児疲れを感じていると、自由に好きな時に好きなように、自分の時間やお金を使える独身って良いなと思うことがあります。
32歳 男性のストーリー
私は3年前に結婚しており、2年前には女の子が生まれた。
もちろん今の生活には満足しているし毎日嫁と子供の二人と過ごす日々は楽しくてしょうがない。
しかし最近私は一つだけ悩みがある。
それは最近始めた趣味の筋トレをしたくても、時間もお金もなかなか捻出できないことだ。
そもそも筋トレはカッコイイお父さんになりたいと思ったのとSNS等にて有名人達が鍛えあげた体を見て「自分もああなりたい」と思ったことが理由だった。
いざジムに行こうとしても少ない小遣いではなかなか厳しい。そもそも子供が小さくて育児が大変でジムに行く時間すらもとれない。
友人も同じ時期くらいに筋トレを始めているが友人は独身だ。
私とは違い時間もお金もかけられる。
うらやましくないといえば間違いなく嘘になってしまうのが本音だ。
33歳 女性のストーリー
私は旅行が趣味で、時間を作っては1人でよくハワイなどに行ったりしています。その時の写真をSNSなどにアップすると、「よく旅行行ってるよね!よくお金があるよねぇ。」などと言われることが多いです。
私は収入はむしろ低い方だし、趣味以外にお金をかけることが特にないだけなのです。そんなことよりも、結婚式を挙げて子供を育てて家や車を買い、子供のため貯金をしている友達の方が私なんかよりもよっぽどお金持ちだと常に思っています。
確かに時間は有り余っているので、思い立った時に自由に趣味に時間を使えます。
そんな適度にお金があっても自由に使えない友達の話を聞いていると、独身であることの自由さをもう少し味わっていたいと思ってしまいます。

「一番の苦労話」

36歳 女性のストーリー
母親がPTSDになり、高校生になった妹が境界性人格障害を患い、家庭崩壊した時のこと。
母は仕事には行けるが、なぜか家庭に戻ると何もできなくなり、妹は夜中、自意識がなくなったまま自転車で遠くまで行ってしまう。
朝方まだ夜が開けない時間に私に携帯で妹から連絡が入り、どこにいるかわからないと言われる。
母は動かない上、父親は疲れ果ててか、干渉することをやめてしまっていたため、運転免許取り立ての私が妹の対応をするしかない。
周辺の看板や建物の情報を妹から聞き出し、場所を特定。
そのまま車で30~40分ほどの場所まで妹を迎えにいく日が頻繁に発生。
また迎えに行った時の妹は疲れ果てており、学校にもあまり通わなくなっていた。
迎えに行った場所に一旦自転車を置いて妹を自宅まで連れ戻すため、翌日などに、自転車を取りにいく必要もあった。
そんな非日常のような日常が続き、私もそのままうつ病にかかる。
現在はそれぞれの道に進んでいるが、私は今もうつ病治療のため、服薬と通院をしなければいけない生活を送っている。
人気のエピソード
あらすじ
「あなたの番です」あらすじ
いろんな瞬間
男または女に生まれて良かったなと思う瞬間
結婚っていいなと思った瞬間
この職業で良かったなと思う瞬間
自分は特別だと思った瞬間
独身っていいなと思った瞬間
こんなひといました
人が豹変した話
わたしがつかれた「優しい嘘」のエピソード
今だから言えるごめんなさい
わたしの周りの大恋愛
わたしの周りで一番勉強ができた人
わたしの周りで大変身した人
わたしの周りで一番お金持ちの人
わたしの周りの結婚できなそうだなという人
あの人と縁を切ってよかった
これまでに出会った天才
わたしが出会った「さすがにこれは厳しい」という言い訳
ノウハウ
異性は知らないなと思う話
業界ならではの話
○○の裏話
人間関係
一番ひどい友達からの裏切り
家族に一番感謝したこと
女って本当に恐いと思った瞬間
女同士って面倒くさいと思った話
学んだこと
これまでの人生で悟ったこと
「こんなお金の稼ぎ方があるんだな」と思った事
思い出
忘れられない夏の思い出
修学旅行の思い出
一番の苦労話
人を見返してやった話
今までで一番感動した話
人生最大の修羅場
今までで体験した一番怖い体験
忘れられない夏休み
人生最大の失恋話
一番おいしかった食べ物
これまでで一番悲しかった時
人生で一番贅沢した話
これまでで一番お金を無駄にした話
どうしても許せないこと
おじいちゃん、おばあちゃんとの思い出
学校や仕事をサボってやったこと
人生で一番運が良かったなと思う出来事
死ぬかと思った話
これまでに一番勇気を出した瞬間
これはひどいなと思った結婚式
忘れられない先生の話
お金さえあればと感じた瞬間
とっておきのすべらない話
嘘みたいなほんとの話
奇跡だと思った話
これまでで一番驚いた話
これまでで一番笑った話
私について
わたしがやめられないもの
人生が変わった出来事
そういえば昔夢見ていたこと
私の変えたい過去
誰にも言っていない秘密
仕事での大失敗
もっとも尊敬する人
わたしの初恋と、その結末
苦手だったのに得意になったエピソード
誰かに聞いてもらいたい愚痴
結婚・恋愛
夫婦関係を続けていくのが不安になった話
結婚を後悔した瞬間