"さい" に関するエピソード

「これまでで一番笑った話」

57歳 女性のストーリー
その時は、めちゃめちゃ本気だったんですが、あとになって、誰に話しても、大爆笑される話です。主人に死に別れてから、二人の子供を必死で育ててきた私。その当時、長男は高校生でした。友達も携帯を持ちはじめた頃で、生活に余裕はなかったけれど、息子だけないのも不憫だろうと、やりくりしながら携帯を持たせていました。世に中も、まだ、ガラケーだった時代です。ある日、通牒をみると携帯代、3万円引き落としされていました。なんだこれは?携帯会社の間違いじゃないかと、問い合わせたところ、息子がおさいふ機能を使っていたことがわかりました。ぶちきれた私は、息子に注意。もうわかったのかと思いきや、三ヶ月、同じ事を繰り返したバカ息子に、とうとう堪忍袋の緒が切れて、【おーーーーりゃりゃりゃりゃりゃあーーーー!!!!!】と、もう自分でもよくわからない、ブルースリーのような言葉を連発しながら、息子に近ずいていった私は、息子の目の前で、持っていたガラケーを逆パカし、空中めがけて放りなげたのでした。今でもハッキリと、まるで映画の一場面をみるような、二つに切り離されたガラケーが空中を飛んで行くスローモーション映像を覚えています。しかし、そのスローモーションの映像の中で、飛んでいったガラケーは、私のガラケーだったのです。【ええ?!なんで私の?】と思い、息子も【なぜ?おかんの?】という顔をしていました。しかし、怒ってる最中で、急に、態度を変えれない私は、とりあえ、そのまま息子を怒鳴りまくりました。が、目線は、完全にガラケーの行方を追っていました。息子を怒り終えた私は、必死で二つに遮断されたガラケーを探し、とりあえず、電話をかけてみたところ、なんと電話がかかったことを確認!よかった!と喜んだのもつかの間、電話はかかるけど、耳をあてて相手の話を聴く上の部分が、切り離されてるので、会話できない事に気ずきました。その私の様子をみていたバカ息子がとうとう、堪えきれずに、声を殺しながら笑っていました。その後、携帯会社に行って、新しいのと交換してもらいました。

「今だから言えるごめんなさい」

22歳 女性のストーリー
私はつい数年前まで専門学校に通っていました。
そこではおよそ2年間知識を取り入れていくことが大切でしたが私は一切そのことに関して気持ちがなくそもそも専門的な知識を取り入れていくことに関心すらありませんでした。
そこでは人間関係がうまくいかなくて莫大なストレスを感じていて発散方法を見出すことすら自分の中では当時ありませんでした。
なので今だからこそ言えますが最悪ずっと死ぬことばかりあるいは命を奪いかねない病気にならないかなとどこか期待していました。
精神的に病んでいて本当に専門学校の中では誰も私の立場になってくれる人がいなくて薬で自殺を図っていました。
だからこそその中だけに目を向けずずっと見てくれていた本当の友人たちを悲しませたことは絶対に何があっても忘れません。
そのことについて心から謝罪したいです。
母親は鬱病になった私を罵りましたが友人たちの親切さは宝物です。
42歳 男性のストーリー
小学校6年生の夏休みに母親の実家のおばあちゃんの家に弟と二人で遊びに行きました。
新幹線にローカル線にと電車を乗り継いで7時間ほどかけてやっとの思いでおばあちゃんの家に到着しました。年に数回しか会うことができないおばあちゃんは、僕たちにとってもやさしくしてくれました。1週間ほどおばあちゃんの家で過ごすとだんだんわがままばかりを言うようになっていました。自分の母が子供たちに接している姿を見ているとあのとき自分がおばあちゃんにどれだけ迷惑をかけたのかなあと思います。おばあちゃんが亡くなって20年ほど経ちますが、今でもあのときわがままがかり言ったことを思い出し、おばあちゃんにごめんなさいと謝りたいです。
49歳 女性のストーリー
反省すべきいたずらをしたのは小学2年生のことでした。
近所に住む祖父母の家で、親戚が集まり鍋パーティーをする日のことです。
居間には大きなローテーブルが置かれ、その上には卓上コンロとすでに大きな鍋がセッティングされ出汁が注がれていました。
母や祖母などの大人たちは後から来る親戚を待ちつつ少し離れた台所で鍋の具材やその他のお料理の準備をしていたので、私と近所に住む同い年の従兄弟のA君と2人で粘土遊びをしていたのです。
しかし、いつしか粘土で使うヘラなどの道具を巡って喧嘩が勃発。
その手に持ったヘラや粘土ケースの蓋、そして粘土までもを投げ合うことに。
そして、いとこが投げたこぶし大の粘土がドボン!見事にテーブルの上の鍋の中にダイブしてしまいました。
私とA君は、しばらく鍋を見つめ硬直しました。が、A君は我に返りその粘土を取り出し何食わぬ顔して粘土ケースに戻しまた。
その後、私とA君はほとんど鍋には手をつけず他に出されている料理を食べ、何も知らない大人たちは、鍋を美味しくいただいてました。
あんな粘土エキス入鍋を食べさせてしまってごめんなさい。(笑)
27歳 女性のストーリー
中学校の頃仲良かった子がいました。
その子は小学校の時に大阪から転校してきた子でした。
向こうから話しかけてきてくれたのでそこから話すようになり帰り道も坂の下で家も近くて一緒だったのでいつも一緒に帰っていました。
中学も一緒でしたが漫画の読み方が気に入らなくて
私の漫画なのに途中まで読んで今度読むって事になったら表紙で区切る人だったんです。
喋り方の語尾も両手の人差し指を先と先で合わせて〇〇だよ〜っていじいしたりすごくどもる子だったのでイライラが増し遊びに来てる間にお揃いの筆箱を隠してしまいました。
後日学校で話題になりましたが誰がやったかは分かりません。
なのでまた遊びに来た時にそっとカバンの中に入れておきました。
45歳 女性のストーリー
「今だから言えるごめんなさい」、と聞いて、必ず思い出すのが大学時代から長年付き合っていた元彼のこと。
悪いことをしたな、と思い出すことも多く、その罪悪感からかいまだに時々夢でその当時に戻って謝っているときがあるくらいです。
結婚の約束をし、お互いの両親にもその話をして、指輪もきっちりいただいたのに、海外旅行とプチ留学にはまってしまった私から、いきなりの破棄。
携帯電話の料金も払ってもらっていたし、それこそ海外旅行先から国際電話でかけてくるその費用も彼持ちだったのに、その国際電話で長々と別れ話をしたのも今思うと、すごく申し訳ない。
彼が変わったとか、やっぱり相性が合わなかったという理由ではなく、とにかく海外で見る人、出会う人が新鮮だっただけで、彼に非は全くありません。
後から、共通の友達に聞いたら、結婚が流れた話を説明している彼が酔いつぶれてしまうくらいべろべろに呑んでいて大変だった、飲みに行こうと連れ出されるとその話が延々と続くので最終的には断っていた、ということでした。
「人生が変わった」と酔いつぶれていた元彼、そのご家族、周りの友人、勝手なことしてすいませんでした。
42歳 女性のストーリー
社会人なりたての頃、常識が全くなくて、会社名をことごとき聞き間違えて
社内中をパニックに陥れたことがあります。
例えば、伊藤忠商事の伊藤忠を、伊藤 忠(タダシ)さんと言ってしまったり、
丸紅を紅花と言い間違えてしまったり(イメージで喋ってしまう)
IBMを聞き間違えてアイビーム、、目からビームってどういうことなんだろう?と
先輩に堂々と聞いてしまい、先輩に「質問の意味がわからない!」と困った顔をされたりしていました。
ズッコケエピソードが満載で、今思うともう少し勉強しておけば良かった、申し訳なかったなと思います。
今思い出しても赤面してしまいますが、電話をとる度に周りがハラハラしていました。その後、笑い話にしてくれましたが、ごめんなさいしたいです!
39歳 女性のストーリー
現在は遠距離で一人暮らしですが、実家住まいだった頃、母にすごく可愛がられていたのもあり、お金の面でつい甘くしてもらいがちでした。欲しいものがある時、「お母さん、〇〇が欲しいんだけど、お金がなくて、、、」と、哀れみを前面に押し出して同情してもらい、「しょうがないわね、いいよ」と買ってもらったりしていました。あまり高価なものではなく、罪の意識が重すぎないような気軽なものを何度も買ってもらっていた感じです。挙句の果てには、千円と小銭の両替をお願いするように見せかけ、母の小銭貯金を余分に抜き取っていたこともあります。それも、母のおおざっぱでどんぶり勘定だった性格に付け込んでいたのだと今ではかなり深く反省中で、毎日のように懺悔しています。
50歳 女性のストーリー
20代のころスキーに夢中になっていました。その頃、正社員で事務の仕事をしていて普通のオフィスワーク、平日出勤の土日休みでした。でもどうしても出勤の日に泊まりで行きたいスキー旅行がありました。事前に休みを申請しようかとも思ったけれど、なぜか言い出せず、ぎりぎりになってきて余計に言い出しずらくなり、ついには当日欠勤を言い出すことにしました。

夜に出発し、スキー場には朝に到着しました。すぐに会社に電話「すいません、、風邪で熱があり今日休ませてください。すいません、、」と、電話に出た男性中堅社員に言いましたら(まだチームのリーダーは出勤していなかったため)、「〇〇ちゃん、元気そうな声してるね」と言われてしまった。見抜かれていたようです。私は声が高く、しんどそうな声をつくっても、しんどそうに聞こえない声をしているのです。

その後、その男性中堅社員とそのことで話すことはしませんでした。優しい人でよかった。休んでごめんなさい。
45歳 女性のストーリー
もう30年位前になりますが、わたしが小学生の頃、休憩時間に廊下で友達と話しをしてまったりしていました。
5クラスが並ぶ長い廊下だったので、定期的に消火器が設置してあり、私達はその消火器の横あたりで話していましたが、しばらく話していると他の子が話していた友達を呼びに来たので、私は教室に戻ろうとして向きを変えました。
その時、体が消火器にあたり「痛いっ」と思ったと同時に、プシュー!という音と共に
真っ白な煙が大量発生したのです。
その瞬間とっさに誰かに見られなかったかが気になり周りを見ると、幸いにもこちらを向いている生徒がおらず、私は慌てて消火器から離れました。すると教室からみんなが「何?何?」とゾクゾクと出てきて大騒ぎに。。。
私はそのゾクゾクと出てくる生徒に紛れ、あたかも私も今初めて気がついたフリをして、みんなと野次馬側で騒いでしまいました。
結局、消火器が古くて勝手に外れて落ちたのではないか。と言うことになり、みんなで白くなった廊下を「ビックリだよねー」などと言いながら掃除しました。
本当は私があたりました!みんなごめんねー!

24歳 女性のストーリー
彼氏がLINEを乗っ取られたと騒いでいた。話を聞くと、知らないパソコンからログインされたと通知が来たようだ。仕方なく、既存のアカウントを削除して新しい物を作成したが、トークはおろか友達もほとんど消えてしまった。可哀想に思う反面、私は罪悪感にかられていた。なぜなら、乗っ取り未遂を犯したからである。
事件が起こる3時間前、打ちっぱなしになっていたアドレスとパスワードを確認せずにパソコンでLINEにログインした。しかし、そこに出てきたのは私のではないアカウント。彼氏が私のパソコンを使っていたのをすっかり忘れていた。気付いた時点ですぐログアウトし、自分のものに切り替えたが、遅かったようだ。
5年も前の話だが、まだ一度も謝罪してない。次、話題に上がったら謝ります。ごめんなさい
23歳 女性のストーリー
 LINEが普及し、ID検索に関しても制限なく自由にできていた時代のお話です。当時、高校に入学し携帯を買ってもらったばかりの頃、常識も知らなかった私は、検索からやってきた知らない人ともLINE上でのやりとりを行っていました。変な人も居ましたが、その当時は好奇心旺盛、もはや好奇心の固まりで、何の危機感もなくしていたんです。今思うと、ありえない行為ですが…(笑)
そんななかで、ある一人の同年代の子と繋がりました。その子は、恋愛体質といえば良いのか、とにかくネット上で何股もかけているような子でした。そして、寂しがり屋なのか電話を毎日かけてきてLINEも数分で返してくるよう求めてくるくらいでした。部活もろくにしていなかった私は、暇だったのでその子の要望に応えるように毎日連絡を取り合っていました。(今では、そんな時間も余裕もないのでありえませんが笑)
その付き合いは、私が受験に打ち込む前まで続いたような気がします。その期間で、この子を通じて後一人ほどメンヘラ気質の子と連絡を取り合うまでの仲になりました。ですが、2人とも気分の浮沈みが激しく、その子たちの話を聞いているうちに私までつられるようにして気分が落ち込むようになってきました。そして、そのような状況にだんだんと嫌気がさしてきたものの、自分を良い人だと思いたかった私はその子たちと縁を切れずにいました。どうしても離れたかった私は、受験を理由にその子たちと距離置くようになりました。それからというもの、かかってくる電話には出ず、LINEのやりとりも半日経って返すなど段々と希薄な関係になるようにしていきました。そうして、長らく続いた関係も私が連絡を取り合うのしんどくなり、音信不通になって一方的に終わらせてしまいました。
 きっと今までも傷ついてきたであろう子たちに中途半端に関わり、私の都合で連絡を絶ってごめんなさい。
 
26歳 女性のストーリー
私は小学生高学年の頃父を亡くしました。
私にとってはとても頼りになり大好きな父でした。
相談も聞いてしっかり答えてくれる父だったのでとても悲しかったです。
私の母は父とは違い私はあまり好きではありませんでした。
よく怒られるしあまり私の話を聞いてくれるような母ではありませんでした。
なので父が亡くなったことで少し反抗期になり母とは話が合わなくなり話すと喧嘩ばかりでした。
中学生になったころ、母と喧嘩になり
父がいないことで私は母に父と母が逆だったら良かったのにとひどいこと言ってしまいました。

今思うととても申し訳ないことを言ってしまい謝罪の言葉しかないです。

現在は少し成長し私ももうすぐ母になります。

女手1つで子供を育ててくれた母には感謝でいっぱいです。

あの頃はごめんなさい。
29歳 女性のストーリー
高校時代から仲の良い友人だった子と
20代前半では結婚したいねーと2人で婚活っぽいことをしていました。私が最初に彼氏ができたのですがあまりうまくいっていませんでした。
その友人も後から彼氏ができました。友人と彼氏は馬が合ったようで、結婚までスムーズにいきました。若干出来婚だったようで、式前に妊娠もすぐわかりとても幸せそうに見えました。一方、私は彼氏に距離を置かれておりこの世の終わりのような気持ちになっていました。
友人は妊娠してる時に、メンタルがとても弱っていました。私にメールしてくれましたが、私はひねくれていて、あまりメールを返さなくなりました。
いま思えばとても酷いことをしてしまいました。
今自分が結婚して妊娠してこれほどまでメンタルがきついと思いませんでした。
私は冷たくあしらってしまったのにも関わらず、その友人は妊娠している私に、
優しく、辛かったら何でも言ってねと言ってくれます。一時の感情だけで物事を判断することほど悪いことはないなと感じました。
52歳 女性のストーリー
私がまだ20代の頃です。高校時代の部活の同学年の仲間から手紙が届きました。彼女は大きな病院に入院中との事。その時の私はなんて返事を書けば良いかわからず、そのままにしてしまいました。彼女とは仲間ですが親友と呼べるほどの仲ではなかったので、余計どうして良いかわかりませんでした。
その後彼女が皮膚がんで入院していたと聞きました。
それから数年後、彼女本人からもう大丈夫なんだと話しを聞き、安心してました。
また数年後、彼女から手紙が届きました。その頃の彼女は、演劇で舞台に立ち介護の仕事も両立させ、結婚もしてとてもパワフルに活動してました。
彼女の手紙は、演劇を見にきてほしいとの事でした。隣町の劇団で劇場まで遠いので、チケット代だけ送り見にいく事はなかったのですが、ある日彼女から「最後の舞台なのでどうしても見にきてほしい」と手紙が届き、嫌な予感がしてなんとか都合をつけて見に行きました。舞台上の彼女はとても生き生きしていて、思い過ごしだったと安心しました。
それから数年後、彼女が亡くなったと連絡聞きました。その時のショックを思い出すと今でも胸が痛いです。
初めて出会ってから35年経ちます。今でも命日には静かに冥福を祈りながら思い出します。
あの時はどんな気持ちで手紙をくれたのでしょう。。。本当にごめんなさい、の気持ちでいっぱいになります。
26歳 男性のストーリー
小学生の頃の話です。
小学校の図書館の本棚
の棚は自由に棚の位置を変えれるタイプのもので、棚の四方に固定するピンのようなものがありました。
そのピンは1つ取っても本棚はあんていを保てていたため何個かピンをとりました。
そのピンがコマのように回転するため、休憩時間になると友人たちとベイブレードのようにそのコマをつかって遊んでいました。
この遊びが流行ってきてコマの数が足りなくなり、四方の1箇所だけを取っていましたが、2箇所とるところも出てきました。そのうち、本の置き方次第では3個も取れたため調子にのってたくさん取っていると、そのうち本棚が急に崩れました。みんなはその場からすぐに逃げました。
先生がピンがないことには気がつきましたが、私たちがコマ遊びで使用していたことは今でも内緒です。すいませんでした。
27歳 女性のストーリー
私は小学校5年生の時から20歳ぐらいまでずっと父親に対して反抗していました。
きっかけは家族旅行出発前に起きた両親の喧嘩から、今まで聞いてきた話は嘘だったのかという絶望を抱いたことからでした。
そして勉強に部活にと優秀な姉贔屓なところ、その姉と同じようなことをさせようとしてきたこと、不登校となった時に心の拠り所にしていたネットのチャットを強引に辞めさせられたこと、自分には全然構ってくれなかったこと、何もかもに腹が立ち、高校の時からはついに口も聞かず、同じ場所にいようともしませんでした。
そんな父と別居した今、前みたいに上手く話せない状態にあることを少し悔やんでいます。もう少し早くに謝っていればよかったなと心の底から思います。
27歳 女性のストーリー
私にはもうおじいちゃんおばあちゃんはいません。全員亡くなってしまいました。
そのなかで、父親の方のおじいちゃんおばあちゃんに申し訳ない気持ちがあります。
それは私が小学校のときからずっと、父親の弟の叔父夫婦以外からは常に姉と比べられ、
姉贔屓にされて、従姉妹とは年が離れているためか相手にされずいじめられていたことから、親族の集まりを拒否し続けていたことで、おじいちゃん達と何年も会えておらず、
とうとう亡くなる直前までうまく話せずにいたことをとても悔やんでいます。
なんでもっと早くに会ってあげられなかったのだろうか、なんでもっと早くずっと不参加にしていたことを話せなかったのかと喪って初めて謝りたい気持ちでいっぱいになりました。
28歳 女性のストーリー
彼氏に嘘をついてしまいました。
どうしても彼と別れたくなくて、
妊娠したと嘘をついてしまいました。
そしたら彼が本当に信じてしまい、
私のことを大事にしてくれるようになって
嬉しかったです。
そしてしばらくして私も彼と別れたくなり
そのまましばらくの間は連絡を取らなかったら、彼が心配してくれて流産したことを伝えて彼と別れました。
あの時は嘘をついてごめんなさい。
今から5年前の話ですが、
あの時嘘ついてごめんなさいと彼に言いたいですけど、音信不通で今どこにいるかわからないです。
今だから言えるごめんなさいと元彼に伝えないです。
そしてあの時本気で優しくしてくれて嬉しかったけど、私の中で罪悪感がありました。
もう二度と嘘はつかないと心に決めた出来事でした。
35歳 女性のストーリー
現在3児の子育てをしています。
自分の子供は可愛いですが、結婚前は子供があまり好きではありませんでした。公共の場で泣き叫んだり、床に転がったりする子供を見かけると、態度には出しませんが、内心うるさいなと思っていました。
しかし結婚し出産した我が子は、昔「うるさいな」と感じていた子供と同じような言動を度々とる子でした。公共の場で騒いだり走り回ったり…。ある程度の躾はしているつもりだったのですが、全く思い通りに行動してくれません。
昔見かけた「うるさい子供」は、親の躾の問題ではなかったのだと痛感しました。子供はいくら言い聞かせても騒ぐ時は騒いでしまうし、気に入らないことがあると号泣します。本人の持って生まれた性格も影響しているのだと思いました。
うるさいと感じてしまった親子に、ごめんなさいと伝えたいです。
30歳 男性のストーリー
中学生の頃に夏休み、両親共働きのためおじいちゃんと2人で過ごすことが多かった。

昼ごはんをいつも買ってきてくれるおじいちゃん。

最初に頼んだ唐揚げ弁当を多分何を選んでいいのかわからず毎日買ってきてくれていた。

唐揚げを好きで最初に頼んだけど毎日毎日唐揚げ弁当は少しきつくなってきてしまったがそれをおじいちゃんには言えず過ごす毎日。

1、2週間くらい続いたかの時にこっそり捨ててそれからは家にある物を食べるようになってしまう。

何度か裏の畑に捨てては罪悪感の日々。
けどやっぱり食べたくはない唐揚げ弁当、未だにおじいちゃんは知らないだろうけど、せっかく買ってきてくれたお弁当あの頃捨てていましたごめんなさいおじいちゃん。
19歳 女性のストーリー
これは私が小学生だった頃の話。私の家庭はまあまあ厳しく、パソコンもケータイも与えてもらえず、9時には布団に入らなければなりませんでした。そのおかげで私は健康ですごく元気な少女でした。しかし周りの子はみんなDSやネットを見て夜遅くまで起きたり、他の子がする全ての方がカッコよく見えていました。例えそれが視力検査の途中でも。
私は健康少女だったのでもちろんA、目はすごく良かったです。しかし他の子が目が悪いとか言って違うカッコいい機会で視力を図っているのがとても羨ましく、私は見えないフリをしてわざと間違えました。そして私もカッコいい機会の方に連れていかれカッコ気分を味わえたので満足でした。
すると数週間後診断書が届き、眼医者に行ってくださいとのこと、ヤバイと思いながらも眼医者さんに行くとたまたま私は逆睫毛という症状持ちで、目が悪い筋が通ってしまい、私は眼医者通いに、、
小学校の間三年間ほど、目が悪いフリをするのは辛かったです、そしてお母さん余計な医療費払わせてごめんね。
24歳 女性のストーリー
学生時代、人にべったりとされるのが苦手だった。ある一人の友達に入学当初べったりされてしまい、行動するときいつも一緒にいた。誰か一人の人とずっと一緒にいるのが苦手なので、だんだんその子の嫌な部分が見えてきてしまい、苦手に思えてきてしまった。他の友達を作り、その子と仲良くし、べったりしてくる子のことを適当に話したり、冷たくあたってしまうことが多かった。だんだんその子は自分の元から離れていき別の友達を作っていた。自分の元を離れて最初は良かったと思っていたが、時間が経つにつれ、ひどくあたってしまったと後悔している。その友達は何も言ってこないが、きっと傷ついていたと思う。その友達に当時のことを謝りたい。
33歳 男性のストーリー
昔のことですが、アパートに住んでいて、梅雨時期に雨連発だったのですが合間に一度だけ晴れた日がありました。正面の家と道路の間で子供とサッカーしていた。その時、家の玄関口にあるポストにボールをぶつけ、ポストをぶっ倒した。最低謝っておこうと、子供を家(アパート)に向かわせ私がポストをその家に立てかけチャイムをならし、謝ったのですがとても良い人で、「子供と遊んでたんでしょ?いいよいいよ!子供がやったことだ!大丈夫!」と言ってくれたのですが、ポストに当ててぶっ倒したのは私…。話の流れから私は「あぁ…はい…」と言ったのですが、今となっては申し訳ない…と言う感じになります。流れから私が倒しましたと言えずすいませんでした…。
27歳 女性のストーリー
中学の時、部活動の同学年代でいじめ、嫌がらせがありました。
運動部だったのですが、休憩中に陰口を言われたり、無視されたり、
パス練習でボールを強く、あさっての方向へ投げられたり…

ターゲットはリーダー格が飽きるたびどんどん変わっていき、
わたしの一番仲が良かった友達が、嫌がらせの対象になりました。
もちろん、その子はチームメイトに悪いことは何もしていません。

私は友達といるのが楽しかったので、一緒にいました。
ですが、ある日いじめのボスに「いい子ぶるな」と言われてしまい、
次は自分がターゲットになるかもしれない、と怖くとなり、
友達に自ら話しかけに行くのをやめてしまいました。

だんだん友達は部活動にくるのがつらくなり、休みがちになっていきました。
その時もう3年生だったこともあり、部活動はあっという間に引退しましたが、
今でも、友達と一緒にいてあげられなかったことを後悔しています。

中学生という多感な時期ですし、正義感をふりかざすのは難しかったと思います。
ですが、その子の心に大きな傷を残してしまったことは事実です。
一生に一度しかない学校生活、つらい思いをさせてごめんなさい。
72歳 男性のストーリー
古い話ですが、高校を卒業して就職した会社を3ヶ月足らずで辞めて放浪の旅に出ました。理由は特にないのですが、何となく生活の全てが面白くなかったと思います。
求人広告を見て京都の中華料理店でホール係と皿洗いの仕事で住み込みで働き始めました。
京都の夏は想像以上の暑さで、大部屋の20人くらいが寝るのですから暑くてとても眠れない毎日が続いていました。
2ヶ月くらい経ったある朝、目を覚ましてふと横を見ると空になった隣の布団の枕の横に財布が落ちていました。ナントその財布を頂いてしまったのです。そしてそのまま京都にオサラバしてしまったのです。働いていた会社にも無断でした。
今考えてみると金がなかったとは言えとんでもないことをしたものだと思います。今だから言えるごめんなさいの話です。
26歳 男性のストーリー
小学生のバレンタインデー。
前日の帰りの会で先生から、『明日はバレンタインデーですが、学校にお菓子は持ってきてはいけませんからね!』と忠告があった中、朝学校に来てみると、机の中に大きめの箱でが入っていました。
当時は小学校1年生でしたが、人生で初めて異性から貰った事、周りの児童からモテ男だとかチューでもしちゃえなどと茶化された事で恥ずかしさが頂点に達し、くれた子は分かっていたので、みんなの前で『先生にダメだと言われた事をする子は嫌いだ』と大きな声で言って泣かせてしまいました。
Mさん、あの時はごめんなさい。帰った後チョコは食べました。板チョコを溶かした手作り風で、大きなハートの形をしていた事はしっかり覚えています。あの日から、甘いだけだとあまり好きではなかったチョコが好きになりました。
18歳 女性のストーリー
高校時代のお話です。当時、コンピューター部に所属していたのですがとても緩い部活でした。先生も優しい方でよくしてもらったのを覚えています。しかし、緩すぎて少しコンピューター室のルールを破っていたことがありました。飲食禁止だけど、お菓子パーティーを行ったり、お弁当をみんなで食べたり…部員以外の生徒はきちんと守っていた印象がありますが、コンピュータ部部員は守っていなかったです。今だから言えます!ごめんなさい!おかげで楽しい部活動ができたことは事実なんですが…コンピューターは精密機器なので飲み物をこぼしたら危ないと、飲食禁止の理由は分かっていたのですが、みんなでお菓子を食べたりお弁当を食べるのは楽しかったです。
45歳 女性のストーリー
父親が分割で中古車(父の好みの車)を購入したのですが、
私も車を使用していたこともあり、父親が毎月車の支払い代として
私にお金を数万円支払わせ、勿論、そのお金を車の支払いに
充てていたようなので、私もてっきり車は私のものと思っておりました。
しかし、2年位経った頃、私が結婚をし新居へ車も一緒に持っていったのですが、
新しい車に買い換える際に、父には言わずに下取りに出してしまいました。
あとになって、新しい車で父の元へ出向いたところ、実は車自体は父親が
購入したものだったとのことでした。
当時、私が車代と言われて支払っていた分は、結局、家の食費といった意味で
徴収していたとか。
今となっては、もう車は戻ってきません。ごめんなさい。
36歳 女性のストーリー
私が子供のころ、どこかに出かけようと玄関で母が来るのを待っている間、鍵を振り回して遊んでいました。
すると手が滑り、ガラスがはめ込まれた玄関の戸に直撃してしまいました。
「うわ~やっちゃった~!」
ガラスには大きなヒビが入ってしまいました。
しかし素直に謝ることができず、知らないふりをしてしまいました。
母は玄関に来るまで気づいておらず「えー!なんでガラス割れてるのー?」と驚いていましたが、私はしれーっと「ホントだ!なんでだろー?」と、さも今気がついたかの様に振舞ってしまいました。
母は私に疑いをかける事はしませんでした。
心の中では、疑っていたかもしれませんが口にはしませんでした。
それが余計に心苦しかったです。
あの時はごめんなさい。
23歳 女性のストーリー
私が中学生の頃の話ですが、
おばあちゃんは長年500円貯金をしていました。
可愛いたぬきの大きな貯金箱だったと思います。
何キロにもなるほど500円貯金をしていました。
ある日、一緒に数えようと言ってきたので一緒に数えました。
おばあちゃんはいつも私にお小遣いをくれるので
今回も数え終わったらくれるだろうと
自分でも分かっていたのですが
数えながら結構な額をくすねていました。
数え終わって一万円ほどお小遣いをくれたのですが
くすねた額を合わせると二万円程になっていたと思います。
その一回ではなく二、三回同じようなことを
したと思います。
おばあちゃんが気づかないことをいいことに
すごく申し訳ないことをしたなと今になって思っています。ごめんなさい。
22歳 女性のストーリー
中学生のときどうしても生理的に無理で嫌いになってしまった男の子と授業で隣の席でした。小テストを交換しなければならなかったけど本当に嫌すぎて、完全に無視してしまってとても気を使わせてしまいました。その子じゃない側の友達にいつも頼んで、その子にもめちゃくちゃ気を使わせてしまった覚えがあります。さらには、私がシャーペンを落としてしまったときにその子が拾ってくれたのですが、本当に生理的に受け付けなかったせいで、そのシャーペンをその授業のあと捨ててしまいました。今思えば、どうしてそんなに苦手というか嫌いになってしまったのかもわかりませんし、そんなに苦手だとしても無視するのではなくて他にもっと解決する方法があったのではないかと思うと本当に謝りたいです。
23歳 女性のストーリー
今から10年ほど前、私がまだ中学生だったころのお話です。
当時私には周りに秘密で付き合っていた彼氏がいました。その彼は学年でも特に目立つような人ではなく成績もルックスも標準の人でしたが彼の優しさと告白された時の嬉しさからお付き合いを始めました。
ですがその彼実は、幼稚園からの親友の好きな人だったんです。親友に対する罪悪感はありましたが、恋愛に興味もありましたし好きだという気持ちもあったのでお付き合いをしてしまいました。もちろん親友には内緒で。
今思えば正直に話して理解してもらうべきだったと思いますが当時は恐怖のあまり言いだせませんでした。
ですが今となっては昔の話。現在、私は別の男性と結婚し妊娠中で親友も一児の母となっています。
あの時コソコソと隠れて恋愛していたこと本当に反省してます。ごめんなさい。
29歳 女性のストーリー
今の恋人の元カノが別れた直後からずっと連絡が頻繁で、内容は「あなたが好きそうな音楽を見つけた!」「あなたが好きそうな店があった」「最近こんな悲しいことがあった」など、連絡の必要度が低いことばかり。
さらには「いま落ち込んでるから今度二人で旅行にいきたい」「二人でご飯にいって話を聞いてほしい」なども送ってきていました。

ある日いつものように電話がかかってきて、「いま、あの人(私)と一緒?じゃあいいや」とまで...

私がいては困るような話をするのだと思い、私は堪忍袋の緒が切れました。

それから、何度か恋人が見る前に元カノからのくだらないラインをこっそり消してしまいました。
今思えば自分でも最低なことをしたと思っています。まだ恋人にも謝っていません。

今は別の理由で恋人と元カノはもめ、連絡を断つようになったので、言わなくてもいいかなと思っていますが、心のなかではごめんなさいと何度も謝っています。
27歳 女性のストーリー
本当に大人になった今となってはしょうもない話です…。けれど当時私は小学生。

仲の良い女の子といつもの様に小学校から帰っていた時に、偶然対立していた男子グループに会いました。
そこでちょっとまあ小学生ながらも嫌な雰囲気になり、悪口を言いながらその女の子と歩いていたのですが、男子グループの一番気に入らない1人が私たちの前を通りました。
その時に持っていた傘で私は男の子の足をひっかけました。

ちょっとした悪戯心だったのですが、男の子は思いっきり転んでしまい、足をちょっと擦りむいてしまいました。

結局そのままわたし達は家に帰ったのですが、運が悪くなんとその男の子の家が保険屋さんで、私の家にかなり怒って電話をかけてきて、擦りむいた足もめちゃくちゃ大袈裟に言われ、私の家や祖父祖母までこの話がいき、大変なことになりました。

この状況はやばいと小学生ながらに焦った私は言ってしまいました…。
「私は傘を足に引っ掛けてなんていないよ」

一緒に帰った女の子とその家族と、私と私の家族で会議も開かれ、そこではなんとその女の子は私のこの嘘に話を合わせてくれました。ただその後もちろん男の子側は引っ掛けたと主張していました。

私の家族や祖父祖母は私の事をおそらく信じているようです。
ただ大人になった今も、たまに祖父祖母の家に行くと、あの時って引っ掛けてないの?と聞いてきてドキッとしますが、忘れたとはぐらかしています。

もう30代間近になった大人の私なら言えます。
あの時嘘をついてごめんなさい。
そして男の子へ、悪戯心で傘で足を引っ掛けて怪我をさせてしまってごめんなさい。
あと私の嘘に合わしてくれた友人、ごめんね、有難う。
36歳 女性のストーリー
その当時は、付き合っていた彼氏の方が好きで好きでたまらなくて大学を卒業する大事な時期に彼氏の家によくいっていました。就職も適当に決めてなぁなぁで過ごしていました。
そして卒業したあとも、結婚する気は無いけど今がとにかく楽しくて呼び出されれば電車賃が往復2000円かかるところまで会いに行きました。今思えば、とても口が上手い人でのせられていました。
20代半ばになったときに、本当にこの人で良いのだろうかと思い始めたときに、特段好きではないが将来安定している人からの告白を受けました。結婚はしてみたいという考えから、彼氏と別れて付き合おうと思ったらその彼氏がモラハラに変わり毎日2時間電話がかかってくるようになりました。
その内容が自分と別れたらどんなにひどいことが待ち受けているかです。
そしてなぁなぁできめた仕事もうまくいかずにやめることになり、彼氏とは半年間連絡が取れないように一人暮らしをしてひっそり身を潜めました。
あのときは本当に生きた心地がしなかったです。
良い感じの人とは結婚して、あのときじつはあなた以外いたのとはいえず、後ろめたい気持ちもありつつ過ごしています。
32歳 女性のストーリー
中学生のころ、私はまぁまぁ遊んでいて、友達と中学生だがコンパニオンに行って2時間接待してお給料貰ったり、万引きしたり、原付バイクを2人乗りしていたりしていました。そんな遊びまわっているある日、今日の夜もコンパニオンでお金貰えるねー!なんて友達と話していてお昼ご飯を食べに行こうと話していました。某有名チェーン店に入りランチを楽しんでいました。持ち合わせもあまりないので少な目に注文し、今日はどんなんなのかな?なんて話していました。ふと見るとレジは入り口より反対の奥側、レジ奥より反対の入り口ドア近くに通された私達。若気の至りですね。レジ会計済ませたよその御客さんと一緒に出ました。最初で最後の食い逃げ。この後凄く後悔し、10年以上経った今でも反省しています。あの時は本当にごめんなさい!
43歳 女性のストーリー
今だから「お兄ちゃん」ごめんなさい。

お母さんのお財布からお金盗ったのワタシ…なんだ。お財布からお金が減っているのにお母さんが気付いて、即座にお兄ちゃんを呼んだよね。たしかに、前からお兄ちゃんはお金を盗っていたからお母さんが決めつけるのも無理ないと思うけど…あの時の500円はワタシです。ワタシもお金が欲しい時があったんだよ、だからお兄ちゃんと一緒だよ。ただ、お札を簡単に持っていくお兄ちゃんはちょっと…なんですぐバレることするんだろうって、理解できなかったよ。500円ならバレないかなって、で、バレて、自分です、ごめんなさいって言わないのも、結構なワルだよね。大人になってお兄ちゃんの前で潔く反省できたのに、あの時言えなかったがために、未だに潔くなれない自分がいるのよ。

ホントに本当にごめんなさい。
48歳 女性のストーリー
22~23歳の頃の事です。私はタバコを吸っていて、結構ヘビースモーカーで1日1箱は無くなっていました。
アルバイト先で好きな人がいて、両思いになる前は常にバッグの中にタバコを入れていました。両思いになって、付き合う事になって、彼氏の方はタバコを吸わないのですが、気にせずに彼氏のアパートに行ってもタバコを吸っていました。彼氏も始めは何も言わなかったのですが、ある日タバコを止めて欲しいと言われ、とりあえず、1日5本までと約束しておきながら、影でタバコを5本以上吸っていました。「最終的には止めてもらうから。」と言われ、でも彼氏の事は諦めきれず、悩んでいましたが、別れたくないのですが、タバコも吸いたいので、やっぱり影で吸っていました。結局別れてしまい、何十年も過ぎたので、その事を今だから言えるごめんなさいです。
24歳 女性のストーリー
これは私が小学生の時の話なのですが、その日は非常にむしむしした夏の暑い日でした。そんな日に私の小学校では全校集会が開かれました。
その全校集会に行く前から私は自分の体に異変を感じます。
「 あれ、なんかお腹いたな。」
ずっとそう思いながらも私は体育館に並びました。
そして長い長い校長先生の話が始まったその時です。急に私のお腹にぎゅるぎゅると鳴りだしたのです。
その音は小さかったので周りにはバレなかったのですが、どんどんお腹がぎゅるぎゅるとなりオナラが出そうになりました。なんとか我慢しよう、我慢しよう。と思ったのですが、ふいに力を抜いた瞬間ぶーっ!っと大きな音をたててでてしまったのでした。
私はああ、やってしまったなと思ったのですが、周りの人達は私の隣に座っていた男子を指さしてオナラしたー!と言い始めたのです。勿論オナラをしたのは私だったので、その男子は強く否定したのですが、そんなことも通じずその男子がオナラをしたことになったのです。
その時は助かったと思ったのですが、今となっては申し訳ない思い出です。
30歳 女性のストーリー
今だから話せるごめんなさいというテーマで以下にお話させていただきます。
わたしは小学生の頃、片道45分ほど歩いて通学しておりました。朝、自宅を7時半に出る際には雨の日で無い時がありがたかったです。一方帰宅時が辛かった。友達と帰っている時はそうでもないのですが、一人で帰っている時は登り下りの激しい坂道を行くのでとても疲れました。
学校で疲れて帰っているだけならまだ良いのですが、便意をもよおしたときには本当にきついものがありました。
ある時私はトイレ(大)をしたくなりましたが、もちろん公園の公衆トイレなど通学路にはありません。大人になった今だからコンビニにトイレを借りるという選択肢も考え付きますが小学生だった当時の私は、気になる女の子の庭先で野グソすることしかできませんでした。
本当に申し訳ないと反省しています。しかも一部始終を見ていた女の子とその後付き合うことになりました。
33歳 男性のストーリー
私は現在既婚者で過去に付き合った女性は今の奥さんを除いて1人しかいません。
その人は20歳のとかにバイト先で知り合いました。
顔はそこまで可愛くもなく、身体は細く少しお洒落ですが性格も暗く正直あまり好みではありませんでした。
当時私はとにかく彼女が欲しく、軽い気持ちで付き合ってと言ったところ返事はOK!
やったと思い付き合うも正直相性はあまりよくない…
何度も別れ話をすることがありましたが、
いざ別れるとなると私の方が決断力がなく謝り、踏み切れずにいました。
結局8年間も付き合い、彼女が30手前になったことろで別れの時がきました。
その後私はすぐに別の人と結婚し幸せになりましたが、別れた彼女は女の大切な時期を大して大切にもされず棒に振るった結果となりました。
ほんとに申し訳ないと感じています。もう会えませんが本気で謝りたいです。
67歳 男性のストーリー
小学校から仲良くしてくれていた先輩が10年前に突然亡くなりました
運動会の男子のマスゲームで5年・6年は組み体操をしました。私が5年、彼が6年でした。
2人組みで組むことになりました。彼はスポーツマンでしたが、私が運動音痴の為一つ一つの技が決まりません。彼は辛抱強く、付き合ってくれ、優しくアドバイスをくれました。
それ以来、兄貴のように慕っていました。
社会人になってからも、定期的に会って食事したり、飲みに行ったり、カラオケに行ったり遊んでいました。
具合が悪い旨の知らせをもらい見舞いに行きましたが、その時のことが忘れられません。おそらく、死期を悟っていたのでしょう!私が帰るのを何度も止められました。

40年余りの付き合いでしたが、あまりの悲しみで通夜・告別式に行く事が出来ませんでした。
21歳 女性のストーリー
いま20歳なのですが妹がいて小さい頃に何か悪いことをしたりする自分が悪いのに全部妹のせいにしていました。親は私が言ったことの方を信じるので妹もなぜ怒られているか分からないはずなのに否定することなくめんどくさいから謝るようなクセがありそれを利用して小さい頃最悪なことばっかしていました。2人で出かけた時に家の鍵をなくしてしまい家に入れないことがおきその時は家族全員大変なことになり私も手に持っていたはずの鍵が気づいたらなくなっていることに家の前で気づきもちろん親や他の兄弟に責められることはわかっていました。そこで私は最初に親から鍵を受け取ったのは自分でなくしたのも自分のせいなのに途中で妹に渡したという嘘をつきどこで渡したか聞かれ適当に答えてみんなはそれが本当だと思っていたので渡した付近を一生懸命探していて妹もみんなから怒られていました。ですが交番にいったら鍵が届いていて落ちていた場所が妹に渡したといった場所よりも家から遠いところに落ちていたのがわかり嘘ついていたのがバレそのあとはみんなから責められました。あの時は嘘をついてみんなから責められてごめんねと妹に謝りたいです。
28歳 女性のストーリー
私は7歳上の姉、5歳上の兄、7歳下の弟がいます。
私が17歳ぐらいの時、ドラッグストアで除毛テープや脱毛クリームを買っていました。
姉と一緒に除毛テープを試してみたものの全く効果が感じられず2人で男兄弟に試すことにしました。うちの男兄弟は夏でも冬でも家の中はトランクスで過ごすタイプです。
まず、ゲームをしている兄の部屋に行き寝転んでいる兄の太もも裏に除毛テープをはりました。何をされているか全く気付いてい兄。
一気にテープを剥がしました。
突然の痛みに兄は驚いていました。
次に弟を呼び、同じ様に太もも裏に除毛テープをはり兄と同じ様に剥がしました。とても痛がっていました。
次の日に脱毛クリームを勝手に兄と弟に試しました。
兄は元に戻っただけでしたが、弟のスネの毛達は私たちの脱毛クリームや除毛テープのせいで濃くなってしまったらしいです。
兄、弟、あの時はごめんなさい。
23歳 女性のストーリー
小さい頃から泣き虫で、怒られるどころか、怒るそぶりを見せられるだけで泣いてしまうタイプでした。普段から鈍臭くて、親兄弟、学校の先生、近所のおじさんからもよく怒られていて、中学、高校でもずっと泣き虫キャラでした。
高校生の頃、彼氏ができて、とても優しく接してくれて、私が無駄に泣いても本当に心配して話を聞いてくれて、普通なら、そんなことで泣くなよめんどくさいな。と言われるようなことでも真剣に聞いてくれる人でした。
それなのに、遊びに行って夜遅くまで連絡をしなくて心配させてしまい、友達と遊んでいる最中に充電が切れてしまって、でも、友達の相談を無視できなくて付き合っていたと泣きながら説明しました。本当は、浮気をしていました、嘘泣きですごめんなさい。
29歳 女性のストーリー
私は学生の頃、両親に対してすごく口が悪かったです。
また悪い態度ばかりとっていました。
結婚して妊娠して実際に子供を育ててみると
こんなに苦労するんだと初めてわかりました。
そして、それと同時に感謝と子供の頃
申し訳ないことばっかりしてたなぁと
反省しました。
今だから素直にごめんなさいと親に言えます。
そういう機会を与えてくれて
本当に子供にも感謝しています。
子供が大きくなって私と一緒なことをしても
それは仕方ないのかなぁと思っています。
いつかわかる時が来てくれるといいなぁと
思いながらこれから育てていこうと思っています。
怒るということもすごく体力がいること。
本来だったら面倒くさいし疲れるし怒りたくないけど自分の子供のためだからと怒ってくれた親に感謝しています。
54歳 男性のストーリー
僕は昔中学生の同級生と遊んでいて仲間5人である飲食店で
食い逃げをしました。お金は持っていましたがスリル半面悪い事をしていると認識をしていましたけどお客さんがたくさんいたのでバレないのでは無いかと思ってやってしまいました。今でしたらネットでアップされて人道質問されて罰金もしくは刑を受けなければいかなかったのではないでしょうかね。20のころなんで善悪は分っている成人でしたが
その頃はイケイケだったので警察とかこわおもてのお兄さんとかは全然怖く無かったです。
今はみんな真面目になって家庭を築いている人ばかりです。一人は今も独身をしています。
その友人と3年前に会いましたけどかなり真面目人間になっていました。
50歳 女性のストーリー
私は短大の保育課を中退しました。本当の理由は友達に嫌われ仲間はずれにされていたからですが、親には「進路が変わった。保育士ではなくて看護師になりたいから中退して受験したい」と言いました。親は私がどんな道にすすむのも賛成で、厳しく追及されることもなく中退することができました。さて、看護師とは無理やりすぎる理由です。今考えれば、真剣に学ぶ人たちにとても失礼です。私は勉強そっちのけで居酒屋のバイトで稼ぎ、将来のことを考えるのを先延ばしにしていました。年が変わり、看護師の学校への願書は出さず、結局、保育の勉強を続けようと都立の専門学校を受験し、合格しました。親は特になにも言いませんでした。退学の本当の理由は、友達と離れたかったから。たくさんの学費を払ってもらいごめんなさい。でも専門学校は自分で学費を払い
資格を手にし、今でも働けるから行ってよかったと思っています。

「女同士って面倒くさいと思った話」

41歳 女性のストーリー
仕事先での話です。

毎日毎日、同じ話。毎日行動も同じ話。それが毎日毎日愚痴となって、ずっと聞かされていたんです。

あの、「あなたにも、わかるでしょ?」のフレーズは、今もじわっと、感情を思い出します。

ある日、その日は忙しくて、女性的なイライラもあり、疲れているときに、またその時間がやってきました。さすがに、外に言いふらしてないで自分でなんとかならないものかと、真剣に考えてしまったのが、悪かったんです。

 「その話、昨日も同じだったけど、直接お願いするか、断るかしてみたことはありますか?」前置きの言葉をついつい言ってしまい、相手を怒らせてしまったのです。

 「家で愚痴も言えないから、ここで聞いてくれてもいいでしょ。」

このあと、お互いに居心地すごく悪くなるんですよね。

そのリスク考えたら、愚痴らず慣れろですかね。

女同士ならではの、なんてことない関係ですよね。
28歳 女性のストーリー
物心がついた頃から、女同士って面倒くさいなと感じていました。男同士の友情とは全く別物ですよね。彼氏ができたり、結婚したり、子供を産んだり、環境が変わるごとに、幸せになるごとに面倒くさいことになるんですよね。
私の場合は、職場に寿退社しますと報告してからでした。それまで、彼氏がいる事も同じ部署の人たちにしか話さずにいたので、上司の方々にはとても驚かれて、それでも男性の方からは「おめでとう!」と祝福してもらったのですが。女性の先輩方(未婚)からは冷たい態度をとられるようになったのです。「あなたはこの話は聞かなくていいわ、近々辞めるんだから」とか。
結婚の報告をするまでは休日もお茶に誘ってもらったり、飲みに連れて行ってもらったりしていたのに。あからさますぎて呆れました。

「男または女に生まれて良かったなと思う瞬間」

36歳 女性のストーリー
女は子供が産める。男は種を提供するだけ、女の体の中で実にして出産する。
自分の体から出てきているため、血のつながりを感じる強さが男より強いと思う。
女性は年齢が上になっても、多少可愛げがあれば男性からも職場など社会的な場でかわいがられる。男性が同じようにやっても、馬鹿にされたり気持ち悪がられるだけ。
男性は新卒で就職活動をするときに定年まで働くことを前提をしていることが多いが、女性は結婚・出産などを理由に円満に仕事が辞められる。
いざという時に男子トイレを女性が緊急的に使うことは許されても、女子トイレを男性が使うことは許されない気がする。
迷子の疑いがある小さい子にも声をかけるときに躊躇わずに声掛けできる。
男性が小さい子に声をかけると誘拐とおもわれることも。
人気のエピソード
あらすじ
「あなたの番です」あらすじ
いろんな瞬間
男または女に生まれて良かったなと思う瞬間
独身っていいなと思った瞬間
この職業で良かったなと思う瞬間
自分は特別だと思った瞬間
結婚っていいなと思った瞬間
こんなひといました
人が豹変した話
わたしがつかれた「優しい嘘」のエピソード
わたしの周りで一番お金持ちの人
わたしの周りで大変身した人
これまでに出会った天才
わたしの周りの大恋愛
あの人と縁を切ってよかった
わたしの周りの結婚できなそうだなという人
わたしの周りで一番勉強ができた人
わたしが出会った「さすがにこれは厳しい」という言い訳
今だから言えるごめんなさい
ノウハウ
○○の裏話
異性は知らないなと思う話
業界ならではの話
人間関係
女同士って面倒くさいと思った話
一番ひどい友達からの裏切り
女って本当に恐いと思った瞬間
家族に一番感謝したこと
学んだこと
「こんなお金の稼ぎ方があるんだな」と思った事
これまでの人生で悟ったこと
思い出
これまでで一番驚いた話
どうしても許せないこと
一番の苦労話
今までで一番感動した話
死ぬかと思った話
忘れられない夏の思い出
修学旅行の思い出
嘘みたいなほんとの話
忘れられない夏休み
人生で一番運が良かったなと思う出来事
学校や仕事をサボってやったこと
これまでで一番お金を無駄にした話
人生最大の修羅場
人生で一番贅沢した話
これまでで一番悲しかった時
おじいちゃん、おばあちゃんとの思い出
忘れられない先生の話
これはひどいなと思った結婚式
人生最大の失恋話
一番おいしかった食べ物
人を見返してやった話
とっておきのすべらない話
お金さえあればと感じた瞬間
これまでに一番勇気を出した瞬間
奇跡だと思った話
これまでで一番笑った話
今までで体験した一番怖い体験
私について
わたしがやめられないもの
わたしの初恋と、その結末
人生が変わった出来事
苦手だったのに得意になったエピソード
そういえば昔夢見ていたこと
誰かに聞いてもらいたい愚痴
もっとも尊敬する人
私の変えたい過去
仕事での大失敗
誰にも言っていない秘密
結婚・恋愛
結婚を後悔した瞬間
夫婦関係を続けていくのが不安になった話