"体育祭" に関するエピソード

「苦手だったのに得意になったエピソード」

51歳 男性のストーリー
小学校低学年生のころ足が遅くて運動が大嫌いで、体育の授業がある日、運動会などは、ズル休みしたくてグッズってよく母に叱られていた。
でも、6年生になるころから成長期になり、体が大きくなるのにあわせて足が速くなった。
特にトレーニングをしたわけでもないのに、学年でトップグループに入るぐらいに短距離走を速く走れるようになっていた。
足が速くなると嫌いだった運動が好きになり、中学・高校では、体育の授業、体育祭、部活などで活躍できてかなり目立っていた。
目立つようになると、モテる様になり、先輩・後輩・同級生を問わずチヤホヤされた。
思い起こせば、人生で一番モテていたのは、このころだ。
あれから数十年、いまでは立派なメタボ中年、人生で一番足が遅くなっている。
51歳 男性のストーリー
小学校低学年の頃、足が遅くて運動が大嫌いだった。
体育の授業のある日、運動家の日には、ズル休みしたくてグズって、母に何度も叱られていた。
でも、6年生になるころには成長期になり、体が大きくなるのにあわせて足が速くなっていた。
特にトレーニングをしたわけでもないのに、学年でトップグループに入っていた。
足が速くなると大嫌いだった運動が好きになり、中学・高校では、部活・体育祭などで活躍できて目立つようになっていた。
目立つようになるとモテるようになり、先輩・後輩・同級生をとわずチヤホヤされていた。
思い起こせば人生で一番モテていたのは、このころだった。
あれから数十年、今では立派なメタボ中年になり、人生で一番足が遅くなっていた。
25歳 男性のストーリー
私は昔から恥ずかしがり屋で人前に出て発表したりするのが苦手でした。ですが母親に勧められダンスを習いに行ったんです。最初はレッスンでも少し恥ずかしかったのですが、だんだん慣れていき楽しさが分かってきました。ダンスを習いに行ったことで、学校の行事や委員会決め等で、恥ずかしがらずに手を上げて意見を言ったり、進んで体育委員になり、中学、高校とずっと続けられて体育祭では選手宣誓まで出来るようになりました。
高校の卒業式では在校生や親がいる前で、答辞も読んだほど人前に出ることができるようになったんです。
ダンスを習うことによって自信が付き、人前に出るのが苦手だった自分が人前に出れるようになったというエピソードです。

「わたしの初恋と、その結末」

48歳 女性のストーリー
中学3年生の頃のことです。隣のクラスの担任の先生で26歳の国語の先生が初恋の相手です。なので、国語の授業が楽しみで、国語の勉強頑張りました。
文化祭の時は一緒に写真を撮ってもらいました。中学3年なので1年間しか関わる事は出来なかったのですが、受験なども有り大変な時期では有りましたが、先生のおかげで楽しい思い出も出来ましたし、勉強も頑張れたのだと思います。
でも、先生には彼女がいて、体育祭の時に応援に来ていたらしく、失恋はしましたが卒業の時にアドレス帳に書いてもらいました。
その8年後に私が23歳の時にレストランでアルバイトをしていた時に、偶然その先生が奥さんと一緒に食事に来ていました。気づいては貰えなかったのですが、もう私も大人なので挨拶だけはしましたが。
48歳 女性のストーリー
中学3年生の頃のことです。隣のクラスの担任の先生で26歳の国語の先生が初恋の相手です。なので、国語の授業が楽しみで、国語の勉強頑張りました。
文化祭の時は一緒に写真を撮ってもらいました。中学3年なので1年間しか関わる事は出来なかったのですが、受験なども有り大変な時期では有りましたが、先生のおかげで楽しい思い出も出来ましたし、勉強も頑張れたのだと思います。
でも、先生には彼女がいて、体育祭の時に応援に来ていたらしく、失恋はしましたが卒業の時にアドレス帳に書いてもらいました。
その8年後に私が23歳の時にレストランでアルバイトをしていた時に、偶然その先生が奥さんと一緒に食事に来ていました。気づいては貰えなかったのですが、もう私も大人なので挨拶だけはしましたが。

「忘れられない先生の話」

48歳 女性のストーリー
中学3年生の頃の事です。隣のクラスの先生が忘れられません。年齢は26歳で、若い先生に憧れていました。国語の先生だったので、国語は、ものすごく頑張りました。他にもその先生に憧れている娘は多く、ライバルが多かったです。今まで学校の先生で若い男性の先生は居ませんでしたので、その先生は人気が有りました。毎日、先生と自分の事を妄想していました。文化祭の時は一緒に写真を撮ってもらいました。卒業式の時はアドレス帳にメッセージを書いてもらいました。でも、その先生には彼女が居て、体育祭の時に一緒にお弁当を食べてたそうで、友達に「諦めた方がいいよ。」と言われても諦めきれませんでした。
それから8年後、私はレスロランで接客のアルバイトをしていて、その先生が奥さんと一緒に食事に来られました。私が声をかけても気付いてもらえなかったのですが。
32歳 女性のストーリー
私の忘れられない先生は中学校3年間の担任の先生です。3年間同じ担任だったというのもあり、すごく思い出が沢山ある先生です。
学校行事の体育祭では全力でクラスのみんなを応援して、学校祭ではクラス発表にも自ら参加し、ダンスを踊り、合唱コンクール毎日も一緒に練習してくれる熱意のある先生でした。
授業中には急に先生の面白い話(漫談)が始まって度々授業が中断されたり、国語教諭だったので詩の授業の時なども全身を使って表現してくれる面白い先生でした。
何より1番忘れられないのは3年間毎日欠かさず先生がやってくれていた事です。
毎朝教室にいくと、必ずおはようから始まるメッセージが黒板いっぱいに書いてあり、前日に思った事や面白かったことなど、先生のそのメッセージを読むのが毎朝の日課でした。
学校は嫌いでしたがその先生のことは大好きでした。
24歳 男性のストーリー
 私が出会った中で一番印象に残っているのは高校3年間ずっと担任だったY先生です。
 Y先生の指導教科は英語で、私は彼のおかげで苦手だった英語を克服し、そして大学は英語専攻に進みました。先生の授業は、どちらかといえば理系チックで全てルールに基づいているといった感じで、私自身理系でしたので、自分のスタイルに合っていました。
 また授業外では気さくな人で話しやすく、文化祭や体育祭などの学校行事は、生徒よりも楽しんでいて、それにつられて私たちも準備・練習に励んだのを覚えています。現在では退職され、家族とのんびり暮らしているようです。もう学校での先生としての彼は見ることができませんが、たまには連絡をして、一緒にご飯にもいったりしています。当時の担任の先生と一緒にお酒を飲むのは、少し不思議で懐かしく感じます。また今度思い出話でもしながらお酒を飲みたいと思います。
21歳 女性のストーリー
私が忘れられない先生は中学校の担任の先生です。私は3年間担任をしてもらいました。女性の先生で、生徒のためを思って尽くしてくれるような先生です。例えば、体育祭でクラスで競う大縄跳びがあれば生徒だけではなく休憩時間に必ず先生も練習に付き合ってくれました。合唱コンクールではそれぞれのパートごとに家で自主練習できるようにCDを配布して一緒に優勝を目指してくれるような先生でした。それだけではなく、誰かが病気をして入院をしたときにメッセージカードを送ろうと提案をして、クラスメート全員でメッセージを書いたりしました。私も中学時代肺炎で入院していた期間がありましたが、クラスからメッセージカードをもらって元気が出ました。このように生徒ひとりひとりを思って行動をしてくれる素敵な先生だったなと思っています。

「とっておきのすべらない話」

45歳 男性のストーリー
中学一年の時の理科教師のT先生のお話

その1
その日は酸化マグネシウムを作る実験で
危険だということでT先生が実験を行い生徒は見学だけでした。

T先生 熱したマグネシウムを混ぜてる際に
ひっかけて機材をたおしてしまい
酸化マグネシウムを机の上にこぼしてしまいました。

机の上で バチバチいってましたが
T先生 余裕の表情で
「この机は高級なのでこの程度では問題ありません」
といった瞬間
ばーーーん!! と爆音とともに火花が
机には風穴があき ボーゼンとするT先生
爆音は他の教室にも聞こえたようで若干の騒ぎになりました。

その2
体育祭の練習の時の話
綱引きの練習ということで
縄をそのへんにあった木にくくりつけて練習させるT先生
練習をつづけていくうちに
あれ?
バターン! という音とともに
気が倒れてしまいました
またもやボーゼンと立ち尽くすT先生の姿が

その年の離任式の壇上にはT先生の姿ありましたが
やっぱ そのへんが理由なんでしょうかねぇ。

「奇跡だと思った話」

34歳 男性のストーリー
「奇跡だと思った話」
それは、私が中学三年生の時、『体育祭』という運動会のようなもので、
全学年対抗の【大縄跳び】に挑戦した時のことです。
私が在籍していたクラスは、他所のクラスに比べると大人しく、静かな印象でした。
私自身、大人しい性格だったので丁度よかったのですが、何か大きな目標があると
一致団結するような、そんな気概がありました。
その目標というのが、先に挙げた【大縄跳び】です。
母校では伝統的な行事で、特徴的なのは”全学年対抗”という点です。
学年関係なく頂点を競うわけなので、自然と燃えてくるのが分かりました。
本番に向けての練習では、最初こそすぐにつかえてしまいましたが、徐々に
成果が表れ、100回前後は続くようになってきました。
これまでの歴代最高記録がそれぐらいだったので、一つの参考にしました。
そして本番当日。全種目の最後に行われました。
制限時間10分でどれだけ跳べるか。ただし、続く限りは無制限という条件です。
私のクラスは幸先が良く、中盤くらいまでに100回を超えました。
しかし、同学年の隣のクラスも同じくらいの記録を出したので、もう少し記録を
伸ばさなければなりません。
残り時間はおよそ3分。正真正銘のラストチャンス…。
プレッシャーより、ダメもとで開き直った雰囲気でした。
1回、2回と順調に回数を刻み、テンポが一定になってきたころに全学年のトップに‼
しかし、それよりも自分たちがどこまで跳べるか?記録を伸ばせるか?
そこに全神経を集中させ、無心で跳び続けました。
周囲の生徒たちは静かに見守ります…。
そして最終的に跳んだ回数は、【245回】の新記録‼
周囲で喝采が湧き、皆、充実感でいっぱいでした。
最後の最後、土壇場での大記録達成に、奇跡というか、超越した何かを感じました。
中学校生活の最後に良い思い出が出来たと、誇らしく思えました。
ちなみに【最後に足がひっかかったのは自分】というオチが付きます(笑)

「これまでに一番勇気を出した瞬間」

18歳 女性のストーリー
高校生の頃、私の口の悪さが原因で、仲違いしてしまった友人がいました。
その友人とは、仲違いするまでは休み時間はいつも一緒に過ごし、放課後や休日はいつも一緒に遊んでいたほど仲が良かったため、仲違いしてしまった後は、とても寂しく、とても悲しく、一度謝罪をしましたが、もう一度さらにきちんと謝罪をしたいと考えていましたが、友人から避けられていたために話しかけられず、謝罪するタイミングが見つかりませんでした。
そんな時、体育祭のリレーの選手にその友人が選ばれ、私は自分の事のように嬉しくなり、友人に祝福の言葉をかけようとしました。ですが、今仲違いをしている私に祝福された所で嫌な気持ちになるかもしれない、となかなか言い出せずに、ついに放課後になってしまいました。私は、この機会を逃せばもう仲直りできないだろうと思い、勇気を出して友人に「おめでとう、あなたがリレーの選手に選ばれてよかった、自分のことのように嬉しいよ」と声をかけました。
すると、友人が笑顔になり、ありがとう、と言ってくれました。
友人も、仲直りする機会を探っていたようだったので、この時、勇気を出して声をかけてよかった、と本当に思っています。
そして、本当に大切なものは失ってから気づくということをこの事で実感したので、もう二度と友人を傷つけるような言動はするまいと日々心掛けています。

「私の変えたい過去」

26歳 女性のストーリー
それは私が中学生の時のことでした。

背の小さかった私は整列をするたびに一番前で
それはそれは悔しい思いをしていました。
そんな私が体育祭の行進の練習で、とある
お願いを先生からされました。

それは退場し終えたら「回れ右」とクラス
全体に声をかけてというものでした。

私が一番後ろだったので任命されたのでしょう。

しかし身長だけでなく気も小さかった私は
私の声でみんなが動いてくれるのかなと、
とても心配をしていました。

しかし、そんな心配は杞憂に終わりました。

そして帰った後、お風呂で母親に先生に
任されたんだよ、と自慢げに話していました。

その後の練習でも、何の失敗もなく
体育祭当日を迎えることになったのですが、
当日、私は大勢の前で緊張をしていました。

「人前で大きな声を出すなんて…」

私の緊張は最高潮でした。
そして行進での退場をし終えて
私がクラス全員に放った一言

「右向け右」

練習があったのでみんなが間違えることは
無かったのですがとても恥ずかしかったです。

あれから10年以上たった今でも思い出すと
穴があれば入りたいほど恥ずかしいです。
変えられるなら変えたい過去でした

「一番おいしかった食べ物」

19歳 女性のストーリー
学生の頃、クラスに女子が2人だけだったので、先生からも生徒からも特別扱いされていました。
授業態度についての注意も、男子と女子では格差があったり、先生は女子に優しく、無理をさせないように気を使ってくれていました。
男子も、教室のドアをわざわざ開けてくれたり、女子の席を綺麗にしてくれたり。
登下校の時一緒になった男の子は、車道側を歩いてくれたり、飲み物を奢ってくれたりなど優しくしてもらえた。
それ以外にも、学校行事では体育祭や大掃除などがありますが、力仕事はほとんど男子がやってくれて、重いものも手伝ってもらえたり、先生からも女子には力仕事をさせないやうに気を使って貰えました。
虫が出た時も、男子が率先してやっつけてくれて、守ってもらえたので女子に生まれて良かったなとしみじみ思います。
人気のエピソード
あらすじ
「あなたの番です」あらすじ
いろんな瞬間
男または女に生まれて良かったなと思う瞬間
この職業で良かったなと思う瞬間
結婚っていいなと思った瞬間
独身っていいなと思った瞬間
自分は特別だと思った瞬間
こんなひといました
わたしの周りの結婚できなそうだなという人
わたしの周りで一番勉強ができた人
わたしがつかれた「優しい嘘」のエピソード
これまでに出会った天才
あの人と縁を切ってよかった
わたしの周りで大変身した人
わたしの周りの大恋愛
わたしが出会った「さすがにこれは厳しい」という言い訳
人が豹変した話
今だから言えるごめんなさい
わたしの周りで一番お金持ちの人
ノウハウ
○○の裏話
業界ならではの話
異性は知らないなと思う話
人間関係
女同士って面倒くさいと思った話
女って本当に恐いと思った瞬間
一番ひどい友達からの裏切り
家族に一番感謝したこと
学んだこと
「こんなお金の稼ぎ方があるんだな」と思った事
これまでの人生で悟ったこと
思い出
一番の苦労話
死ぬかと思った話
一番おいしかった食べ物
お金さえあればと感じた瞬間
とっておきのすべらない話
これまでで一番笑った話
どうしても許せないこと
これまでに一番勇気を出した瞬間
今までで体験した一番怖い体験
これまでで一番お金を無駄にした話
忘れられない夏休み
奇跡だと思った話
嘘みたいなほんとの話
人を見返してやった話
人生最大の失恋話
人生で一番運が良かったなと思う出来事
修学旅行の思い出
人生で一番贅沢した話
これまでで一番驚いた話
学校や仕事をサボってやったこと
これまでで一番悲しかった時
今までで一番感動した話
おじいちゃん、おばあちゃんとの思い出
忘れられない先生の話
忘れられない夏の思い出
人生最大の修羅場
これはひどいなと思った結婚式
私について
もっとも尊敬する人
わたしの初恋と、その結末
誰にも言っていない秘密
人生が変わった出来事
わたしがやめられないもの
そういえば昔夢見ていたこと
誰かに聞いてもらいたい愚痴
仕事での大失敗
私の変えたい過去
苦手だったのに得意になったエピソード
結婚・恋愛
結婚を後悔した瞬間
夫婦関係を続けていくのが不安になった話