"奈良" に関するエピソード

「修学旅行の思い出」

42歳 男性のストーリー
あれは、忘れもしない中学3年の修学旅行の時でした。修学旅行の行き先が奈良・京都だったので、定番の寺社仏閣を巡り、午後の自由行動などをして、奈良・京都の街を堪能していました。

事件(といっても犯罪等ではありませんが)を起こしたのは、その夜でした。私たちの部屋では枕投げやプロレスごっこが始まり、部屋にいる全員のテンションはMAX状態で、ノリノリでした。

そんな時に、こんな話が誰と無く上がったのでした。

「ねぇねぇ、ここのホテル、壁の隣が金網だからさぁ~、金網伝いに女子の部屋に遊びに行かね?」

なんということでしょう、今までもノリノリ状態だった私たちですが、こんな話がはじまってしまい、もう動物園の猿状態で、ウキウキ言ってました。

もう若気の至りで、先生に見つかるとか、女子が先生に報告するとか全く考えずに、全員一致で、よし行こう~~~~、ということになり、私たちの部屋の男子全員が、女子と遊ぶ為に必死に金網を降りたのでした。

無事、全員が金網を降りられて、女子たちと和気藹々と遊んでいたのですが、男子は4階、女子は3階と、部屋が決められていたのに、はしゃぎすぎて大声になっていた私たちの声に先生たちが気付き、あえなく御用となったのでした。

そして、そこから延々とお説教が続き、私たちの部屋全員が朝方まで、部屋の前で正座させられ、反省を促されたのでした。

今では考えられないですが、ほぼ30年前の話で、時代も時代だったため、正座は当たり前だよなぁ~と、思っていました。

しかし、うちの学校の先生はとても優しく、女子の部屋に忍び込んだ事よりも、金網伝いで降りたことに対して激怒していたのでした。

先生曰く「せっかく一生の思い出になる修学旅行を、もし、金網から落っこちて、事故になったらどうしてたんだ?  シャレにもならんし、人生で一番苦い思い出になるかもしれなかったんだぞ? お前ら・・・・・  事故になっていたら、先生も悲しいし、親御さんたちが悲しむだろう?」

これを聞いて、男子全員はかなり凹んで、シュンとしてしまい、まるで誰かが落っこちたような感じになってしまいました。しかし、間髪入れずに、先生が「まぁ、お前らのやったことは立場上、叱らないといけないから、叱ったんだよ。 しかしだなぁ~、お前ら後先考えず金網伝いに女子の部屋に行くとは、けしからんが、先生もお前らの同級生で同部屋だったら、一緒に行ってたぞ。ガハハハハ。」

と、暖かくも、突っ込みどころの多いお話をいただく事ができました。その後、朝方まで本当に正座して、周りの男子たちには笑われ、次の日は寝不足で旅行どころではなかったのですが、あの夜に先生に本当に人柄が溢れ出てた、お説教をされたのは、私の人生の本当に良い思い出です。

47歳 女性のストーリー
中学校の修学旅行は関東民なら定番の奈良、京都でしたね。昼間は制服で移動、宿泊施設に帰ったら学校のジャージ。当時はこれが普通。お風呂の時間までも監視がいるような、軍隊かよ的な昭和ならではの修学旅行でしたね。
そんな、修学旅行で悲劇が起きました。修学旅行二日目。清水寺の駐車場でのことです。修学旅行シーズンで駐車場内も渋滞。このままでは決められた時間通りに進まないと判断したのか、少数ずつ生徒をバスから降ろして行きました。
私と数名がバスから下ろされたのですが、すぐ目の前もバスがあり、向こうの通路まで行かれずに降りたところで立ち止まって居ました。
すると、乗っていたバスがなぜかバックしてきてひかれました。バスのタイヤが私の足を上ってくる感覚。忘れられません。
周りはパニックになってました。そのまま救急車で病院へ直行。全治3ヶ月の怪我でした。
私にとっては最悪の思い出です。
36歳 女性のストーリー
小学生の修学旅行で、自分のグループは背の高い子ばかりだった。
グループ行動で、ある博物館に入ろうとしたら、みんな背が高いので、本当に小学生?と疑われた。
全員私服だし、名札も確かつけてたし、黄色い帽子もかぶってた。
なので理解してもらえたらしい。
奈良の大仏の公園では、定番の鹿せんべい。
さっそく買ったら遠くにいた鹿が走ってきて、そこにあった柵を飛び越えてきた。
ちょっと恐怖だった。
でも、囲まれるだけで、襲われることはなく、必死におじぎをしてくれていた。
あの時、ミゾにはまっている鹿がいたけど、誰か大人の人が助けてくれたんだろうか。
きっと大丈夫だと思うが、子供だけでなんとかすることもできず、そのまま置いてきてしまったのが心残りである。
49歳 女性のストーリー
高校の京都奈良の修学旅行最終日、おこづかいをほとんど残さず、八つ橋やいろいろなおみやげを沢山買いました。
最近の高校生の修学旅行の荷物はスーツケースで片面はおみやげ用に空けていくようですが当時はそんなことは無く大きなビニル製の肩から掛けるバックでした。
翌日に向けて、たくさんのおみやげの荷造りをしたのですがどうしても荷物がまとまらず
先生に相談すると宅急便で、自宅に送っても良いと言われ送料はかかるものの同じ部屋の友達と宅急便で送ることにしました。
おみやげや、洗濯物や、もう不要と思われるものを送ると翌日最終日はほぼ手ぶらで過ごすことができる!と必死で荷造りをしホテルフロントで手続きをし、ほどなく宅急便が集配にきて送ることができました。
その後、部屋に戻りお風呂、寝る準備を始めようとした時、友達がかなり焦って
「全部送っちゃった!」と
友達は話しながら荷造りをするうちに必要なものまで入れて送ってしまったのでした。
部屋中、大笑いで皆で必要なものを少しずつ貸して最終夜を終えました。
51歳 男性のストーリー
高校の修学旅行の話です。旅行先は奈良・京都でした。三泊四日の旅でした。
2日目に奈良から京都へ行く途中で宇治に寄りました。平等院鳳凰堂を見学した後、京都市内へ移動することになりました。推測ではありますが、バスに乗る際に全財産を落としてしまいました。それに気づいたのは京都市内のホテルに到着したときでした。
気づいたときには真っ青になり、担任に泣きついて1万円を借りました。楽しいはずの旅行が一瞬にして憂鬱な旅になってしまいました。3日目の自由行動もあまり楽しめず、修学旅行が終わった翌日に借りたお金は返しました。
このときの教訓から、旅行の時はお金を分散して持ち歩く様になりました。足代は確保できるくらいの金額に分散しています。今はクレジットカードを持っていますので、切符などの購入には問題ないのですが、今でも現金は分散して持ち歩いています。
42歳 男性のストーリー
修学旅行は京都奈良に行きましたが、一日目の京都の清水寺の男子トイレで仲間達とタバコを吸っていたら学年主任の先生に見つかり。逃げはしましたが、捕まり‥宿泊施設に行っても他のクラスメイト達との翌日の打ち合わせには出席出来ず。
食事後は、部屋から出してもらえませんでした。

しかし、懲りない面々は性懲りも無く各部屋のベランダから私が居た部屋に集まり。

枕投げをしていたら、又も学年主任が現れ皆で学年主任の先生を布団で巻き部屋から脱走。

女子の部屋に行き、夜の京都へと繰り出しました。昼間の顔とは違う京都の夜。
何故か大人な雰囲気が醸しだされていた事を良く覚えています。

しかし、所詮は子供1時間もするとヤバいよと言い出す奴がぞくぞく出てきて静かに宿泊施設に戻りましたが‥そんな事は許されません。
翌日、学年主任と帰宅。

京都奈良の修学旅行が京都だけで終了。
帰っても親にこっぴどく叱られました。

いまだに当時の懲りない面々とは付き合いがあり笑い話になってますが、皆 妻子ある立派な父を一生懸命にやってます。
29歳 女性のストーリー
小学6年生の修学旅行で、奈良と大阪を回ったのですが、その頃はUSJがまだ出来たばかりの頃で、人より早くUSJデビューが出来て嬉しかったことを覚えています。ジョーズは40分待ち、ジュラシックパークやバックトゥザフューチャーは1時間待ちでした。あの頃はまだ、今のように待ち時間が2時間もするものは無く、ETやバックトゥザフューチャーなど、今はないアトラクションもありました。ジュラシックパークに初めて乗ったときは、乗り物に乗って恐竜のいる世界をゆっくり進んでいくだけだと思っていたので、最後の最後でジェットコースターのように水の中へ滑り落ちていったときは、本当に驚いて大きな声を出し、笑い転げていました。面白すぎて、ジュラシックパークは1時間待ちにも関わらず、2回連続で乗りました。あの頃は、本当に体力があっていくらでも遊べていたように思います。
18歳 男性のストーリー
 それは私が中学二年生の時でした。中学二年生といえば待ちに待った修学旅行。私の通っていた学校は奈良・京都に行きます。一か月の間、クラス全員で旅行プランを立てて、その時を待っていました。
 そして修学旅行。班行動で京都を丸一日見学しに行きました。京都を回って早2時間。そろそろ回るところもなくなってきた中、友達が一言、「地主神社行こうぜ」
地主神社とは縁結びの神社で知られていて、全員男子だった私の班は即決で行くことになりました。
 そしてその神社に着いて、お待ちかねのおみくじを引くことになり全員で引いてみると、なんと私だけ大吉でした。でも実際、大吉を引いたところで何かいいことが起きたためしはなく、大吉を引けたことがラッキーだと思い、宿に帰りました。
 しかしここでおみくじの力が発揮されました。携帯を先生に預けるために一人で部屋を出た私はある女の子のクラスメイトに呼び止められました。一瞬何のことかわかりませんでしたが、彼女の紅潮した顔を見てすぐに察しました。しかし、私にはそう言った経験が一度もなく、なんせ中学二年生だったものですから、そうなることが周りの人から冷やかされ、恥ずかしいだけだと思い込んでおり、とっさに部屋に引き返してしまいました。それからというもの、私は彼女から距離を取られてしまい、二人でいるのも気まずい関係です。彼女は勇気をもって私を呼び止めたのに…それ以来私は恩を仇で返した気分です。
 自業自得の思い出でした。
 

35歳 女性のストーリー
高校の修学旅行、沖縄へ行くはずでした。関東の海無し県民にとって海は憧れです。
しかしこの年、9.11が発生。その影響で、飛行機は危険とされ、行き先が変更になってしまいました。変更後の行き先は苦渋の決断、京都・奈良・大阪。あぁ、憧れの沖縄…。なぜ苦渋の決断かって?私の高校はキリスト教の教えをもつ高校だったのです。“いい機会だから、他の宗教も学んでくるといい”学校側はそんな風に言ってましたね…。
災難はまだ続きます。
初日、グループ行動の日。私は先生とのやりとりをする、グループの連絡係でした。制服の胸ポケットにケイタイを入れたまま、トイレに行ったんです。用を足して水を流す。“ボトッ。”何が起きたかすぐには分かりませんでした。しかし胸ポケットをさわると、ない!ケイタイがない!和式の水溜まりに見える物体は、私のケイタイ。そう、水没です。すぐに取り出し、洗って拭いて動作確認をしますが、液晶が死んでいます。でも、動くっぽい!?先生に話をして、連絡係は別の子に変わってもらいました。あとは地元の彼氏に、連絡できないって連絡しなければ。でもどうやって?思いついたのは、同機種を使う友達のケイタイを隣に置き、ボタンを同じ回数押して、メール送信。通話はできなかったけど、通信はできました!(後日確認済。)
この後三日間、ケイタイ無しで過ごしました。修学旅行は楽しかったけど、苦い思い出です。
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あらすじ
「あなたの番です」あらすじ
いろんな瞬間
男または女に生まれて良かったなと思う瞬間
この職業で良かったなと思う瞬間
自分は特別だと思った瞬間
独身っていいなと思った瞬間
結婚っていいなと思った瞬間
こんなひといました
わたしの周りで一番お金持ちの人
わたしの周りの結婚できなそうだなという人
あの人と縁を切ってよかった
これまでに出会った天才
わたしの周りで大変身した人
わたしが出会った「さすがにこれは厳しい」という言い訳
わたしの周りで一番勉強ができた人
わたしがつかれた「優しい嘘」のエピソード
わたしの周りの大恋愛
今だから言えるごめんなさい
人が豹変した話
ノウハウ
業界ならではの話
異性は知らないなと思う話
○○の裏話
人間関係
家族に一番感謝したこと
女同士って面倒くさいと思った話
女って本当に恐いと思った瞬間
一番ひどい友達からの裏切り
学んだこと
「こんなお金の稼ぎ方があるんだな」と思った事
これまでの人生で悟ったこと
思い出
これはひどいなと思った結婚式
一番の苦労話
これまでで一番お金を無駄にした話
今までで体験した一番怖い体験
死ぬかと思った話
人生最大の失恋話
学校や仕事をサボってやったこと
修学旅行の思い出
これまでで一番驚いた話
人を見返してやった話
おじいちゃん、おばあちゃんとの思い出
お金さえあればと感じた瞬間
とっておきのすべらない話
今までで一番感動した話
一番おいしかった食べ物
人生最大の修羅場
忘れられない夏休み
これまでで一番笑った話
奇跡だと思った話
これまでで一番悲しかった時
これまでに一番勇気を出した瞬間
人生で一番贅沢した話
人生で一番運が良かったなと思う出来事
嘘みたいなほんとの話
忘れられない先生の話
忘れられない夏の思い出
どうしても許せないこと
私について
誰にも言っていない秘密
仕事での大失敗
わたしがやめられないもの
そういえば昔夢見ていたこと
人生が変わった出来事
私の変えたい過去
もっとも尊敬する人
わたしの初恋と、その結末
苦手だったのに得意になったエピソード
誰かに聞いてもらいたい愚痴
結婚・恋愛
結婚を後悔した瞬間
夫婦関係を続けていくのが不安になった話