"悲しかったこと" に関するエピソード

「これまでで一番悲しかった時」

48歳 女性のストーリー
12年間当たり前のように一緒に過ごしていた愛猫が、4年前に天国に旅立ったことです。
当たり前のように生きて側にいると思っていただけに、亡くなった時は茫然自失でした。

一人暮らしなので、常にその子がわたしの寂しさを紛らわしてくれ、嬉しい時も楽しい時も一緒に過ごして・・・12年間常にわたしを支えてくれた存在でした。

だけど、そのことがあまりにも当たり前過ぎて、当時はそのありがたさが分かっていませんでした。

その子が亡くなって初めて、当たり前のことが当たり前ではないんだなといったことに気づかされて・・・・本当にたくさんの気づきをもらいました。

実は、当たり前に居る存在って、当たり前に居る訳ではないこと、そのことに気づいていない人が多い気がしますよ。
26歳 女性のストーリー
20代の頃に久しぶりに出会った彼とのお話です。
彼も私もお互いに久しぶりの恋人ができて凄く毎日が新鮮で楽しかったです。
プチ遠距離恋愛で、お互い仕事もあるので毎日は会えませんでしたが各週でデートに行っていました。
付き合い初めて3ヶ月経ったくらいの時に初めてお泊まりをしに来てくれました。
お家でご飯を食べて何気ない日を過ごしました。そんな時間が凄く幸せでした。
そして次の週に彼は事故で亡くなりました。
夢であって欲しい、現実なんかじゃない、何度も思いました。現実逃避をしていないと身が持ちませんでした。
体調も崩し精神的にも疲れていました。
彼が亡くなって3週間後、妊娠が発覚しました。
今ではそのお腹の子も、2歳になり走り回っています。
今でも彼が大好きです。誰かを探す気にもなれません。満足いくまで好きでいたいと思います。
52歳 男性のストーリー
私が中学生の頃、家の軒下に燕が巣を作りました。
ヒナもかえり、玄関先が糞で一杯になりながらもヒナの成長を楽しみにしていしました。

ある日、学校から帰宅すると巣がなくなっていました。
小学生の通学路にあった我が家は、その心ない小学生に巣を壊され、ヒナは死んでしまったという事でした。
子供がした事とはいえ、許せないと痛烈に思いました。
その夜は止めどなく涙が出た事を今でも覚えています。何故か、悲しくてなりませんでした。多分、私の中ではもう家族の一員になっていたのだと思います。

あれから何十年も経ちますが、不思議なことに一度も燕が我が家に巣を作る事はありませんでした。
燕が巣を作ると幸運があると言われています。そういう意味でも本当に残念でなりません。
52歳 女性のストーリー
配偶者の突然死です。
いつもと変わらずの休日で、息子のスポーツの為に外出している最中、配偶者が車に息子の荷物を置きに行ったのが最後の別れになりました。
配偶者は心筋梗塞で車のトランクの後ろにちゃんと荷物を入れてから死亡していました。
あまりにも遅かったので、1時間後私が見に行った時には、通行人が通報してくれて救急車で搬送されたあとでしたが、警察官に事情聴取等を受けてそのあと病院で死亡を確認しました。息子も一緒にパトカーに乗って、病院で対面しました。
余りにも急な出来事でその時は涙が出ませんでしたが、家に帰宅してからは止めることが出来ない程の涙が出てきました。
今でも思い出すと悲しくなるのと同時に後悔しています。
いつも一緒に行動をしていた私が、あの日に限って「一人でいくから!」の言葉で行かせてしまったことを後悔しています。
一人で死なせてしまったことは妻としてとても悲しいことをしてしまったと…
私がパニックを起こさない為に主人からの最後の優しさだと周りは言ってはくれますが、今でもこれだけは後悔しています。
49歳 男性のストーリー
やはり、自分の父親が他界を下のが今まで一番いきていて悲しいことです。
私自身親と言う人物はいつまでも、長生きをしてくれると思っていたからです(永遠に)

今考えればいつまでも長生きをしてくれるわけではないと言うのは十分承知なのですが、その時はそのようなことは考えても思いませんでした。そうして、親元方離れて生活をしだしたときに、だんだんと親が年老いていっていると言うのがまざまざとわかってきたわけです。

そうなってくるとどうなるか。その時はまだまだ親も元気ですし、長生きをしてくれるだろうと思っていたわけですが、その日は突然にやってくるのです。私の身内から朝方「父親が亡くなったぞ」と。

それが、今までいきていて一番悲しかったことです。
49歳 男性のストーリー
まさか!と思いました。親は永遠に生きてくれると思っていましたから。

もう、人にはわかってもらえないでしょうが、本当に辛く悲しかったです。それに、人並みですが、なぜ、親孝行ができなかったのか。今まで、散々親に迷惑を掛けてきて歳置いてきているのをみて何一つ、親に対してできることをしなかったのかと言うのが悔やまれます。
(親孝行したい時には親はなし)とは本当に理にかなった言い方だと思います。

親が生きている時は正直、親に逆らったり、迷惑をかけてばかりいると思います。それでも
いつも何も言わず、黙っていつも見守ってくれていた事に対して感謝をしています。私も成人をしており、親としても自分の手元から巣立っていくともう何もできません。
49歳 男性のストーリー
何と言っても、私の父親が亡くなった事です。
今まで、親と言う人物はいつまでも、いつまでも永遠に生きてくれていているだろうと思っていましたから(実際にはそのようなことはないのでしょうが)

今でも、早朝(5時くらい)身内から一本の電話で寝ていた所を起こされ、嫌な予感がしながら開口一番「父親が亡くなった、もう、息もしていないからダメだろう」と。寝ぼけていたので、まだ状況がつかめず、とりあえず実家に急遽帰ったことを今でもハッキリと覚えています。

その時は本当にまさか?!親がこの世から亡くなるとは思いもしませんでした。いつも元気でしたし、自分のことは自分でできていましたから、まだまだ長生きをしてくれると思っていました。
49歳 男性のストーリー
今でこそ、父親がなくなり、改めて父親の偉大さ、家族を縁の下の力持ちと私を高校卒業まで支えてくれた事に非常に感謝をしています。

生前の時は親に文句、いうことを聞かなく迷惑ばかりをかけていた事、親孝行ができなかった事に対して、亡くなってから辛いことばかりが思い出されました(親孝行したい時には親はなし)とは本当によく言ったものです。

亡くなってからわかる事が沢山あります。生きている時には本当にわからないと思います。
親から見ればいつまでも大切な子供、いつまでもいつまでも心配をしていると思います。
わたしもそうでしたから、親の気持ちは今となっては必要以上にありがたく思っています。
ただ、子供も大きくなると自立をして生きていかなければなりませんので、口出しができなくなってしまいますね。
37歳 女性のストーリー
私は昔から、自分は強い人間だと思っていました。
悲しい事があっても、人前で涙は見せず、すぐに立ち直れるタイプだと。
しかし、それは間違いだった事に気付かされました。

昨年、突然父が亡くなりました。
風邪もひかず、ほとんど病院にも通った事のない父が突然逝ってしまったのです。

両親は、私が18歳の時に離婚をしているので、それからは父と兄と3人で暮らしてきました。

その後、結婚して実家を出たので、父は一人暮らし。
兄は実家の近くに住んでいるので、毎週日曜日は様子を見に行ってくれていました。
本当に元気で、まさかこんなに早く死んでしまうなんて誰も思っていませんでした。

正月に、実家で盛大に宴会をやろうという計画を兄と立てていたので、その旨を伝えようと父に電話したのが、死んでしまう4日前。

通話時間5分。
なんであの時、もっと話さなかったんだろう。
なんであの時、体調について何も質問しなかったんだろう。
なんであの時、会話をめんどくさがってしまったんだろう。
「なんで」が尽きませんでした。

兄から「お父さん死んだ」と電話があり、買い物中、脇目も振らず号泣。
自分は強くなんかないんだと気付かされた瞬間でした。

人は本当にいつ死ぬか分からない。
明日死ぬかもしれない。

その日から、日々を大切に生きていこうと心に決めました。







29歳 女性のストーリー
これまで一番悲しかったことは祖母が亡くなったことです。
祖母とは家族の中で1番仲が良いと言っても過言ではないくらい仲良しでした。小さい頃からずっと一緒にいるので祖母がいるのは当たり前と思っていました。しかしだんだんと大人になっていく中で祖母と触れ合う機会少なくなっていき反抗期の時期には祖母に八つ当たりしたりしたこともありました。それでも祖母は私のことをいつも優しく見守ってくれて応援してくれました。私が何か悩んでいるときは私を心配して電話くれたり深くじっくり悩みを聞いてくれていました。祖母は私にとってかけがえのない存在でありとても大切な人でした。それでも人間にはいつかは死の別れがくるものです。しかし私は祖母が癌になっていることに気がつきませんでした。わたしは祖母が癌になっているちょうど時に留学をしたのですが私の留学中に祖母の状態は悪化していき私が留学から日本へ帰る頃にはもう末期の状態になっていました。留学中なんども悔みました。なぜ私は留学をしてしまったのだろうと。留学をしなければ残り少ない祖母の命と向き合えたのにと後悔しました。祖母は私が日本に帰ってきてから2週間後に亡くなりました。今でも祖母が夢に出てきて涙が出てきます。祖母が天国で楽しく過ごしていることを想像しながら人生後悔しないように精一杯生きて生きたいと思うこのごろです。
27歳 女性のストーリー
結婚も考えていた四年付き合った彼氏に二股をかけられていた。しかもその期間はなんと2年半弱。わたしが付き合った期間の半分以上だ。相手はわたしより1つ上のバツイチ子持ち。

それを知った時は本当にハンマーで殴られたくらいの衝撃だった。寝られなくて、食べられなくてなんもしたくなくて、その当時の記憶があまりない。1週間で4キロも痩せた。
揉めて別れたが、数カ月後どうやら元彼は二股相手と結婚したらしい。劣等感に苛まれた。悔しかったし、苦しかった。相手の親とも仲良くしていたのに、、、。

だがそんな信用できない相手と一生を添い遂げるのは精神的に無理だ。心が死んでしまう。当時は辛かったが(今も時々辛い)もっと素敵な相手に出会うべく女磨きに精を出している。とりあえずその元彼には因果応報があることを期待している。
32歳 女性のストーリー
一緒に暮らしていた祖父は幼い頃からわたしを可愛がってくれていました。
社会人になり数年後、祖父は癌のため長期入院をすることになりました。
市内なのでお見舞いによく行っていき最後の別れ際には「また会いにいくね」と言っていました。
ある時、仕事終わりに車に乗っていると突然(祖父の病院にいかないと)という心の中がざわざわする感覚に襲われました。
しかし次の日は早朝勤務だったため、明日の仕事が終わってから行くように決め家路へと急ぎました。
次の日の仕事中、父親から祖父の状態が急変したと連絡がありました。
急いで病院へ行った時にはすでに亡くなってしまいました。
思えば最後に祖父が呼んでくれたのかなといまでも後悔している出来事です。
57歳 女性のストーリー
悲しかった出来事といえば、肉親の死、友人の死や別れなど悲しい出来事を経験してきましたがそれは長い人生の中で出会う当然の悲しみで、幸い大きな悲劇には今のところ見舞われていません。
なので一番悲しかった時はいつだろうと思い起こすと、おそらく人生で最初の号泣した高校2年の時の失恋なのかもしれません。
割と喜怒哀楽の感受性が薄い子だったのですが、その時ばかりは一晩中泣いていました。
青春時代、多感な年頃ということもあったのか、それが今一番印象に残っています。
「他に好きな子ができたんだ」と当時付き合ってたボーイフレンドから告げられた時、
(しかも電話で)あまりの突然の事に一気に涙が溢れてきて「どうして?どうして?」としか言葉が出てきませんでした。
なぜか覚えているのは窓の外から聞こえた近所の盆踊りの太鼓と東京音頭のメロディ。
そしてもう一度会ってちゃんと話して欲しいと約束した朝、
まだショック状態の私は卵かけ御飯さえ喉をとおらず、あぁ悲しい時って本当にご飯が喉を通らないのだなぁとぼんやり考えていました。
今思えば、ちいさな青春時代の一ページかもしれませんが、あの朝ちょっと心配げな父の言葉とか茶碗のご飯のことを覚えているのはやはり一番印象に残っている悲しい時だったのかもしれません。

35歳 女性のストーリー
これまでで一番悲しかったのは、飼い犬が死んでしまった時です。もともと捨て犬で、いとこが拾ってきたのを我が家で飼い始めました。まだ小さく、生後2ヶ月くらいだったため、世話が大変でした。慣れるまでは夜鳴きが酷かったため、夜中も起きて世話をしていました。
私に一番懐いて、私が帰宅すると背筋を伸ばしておすわりをして出迎えてくれました。悲しい事があるとなんとなく分かるのか、慰めるようにそばに来てくれました。 大学入学と同時に家を出たため、それからは会える頻度はかなり減ってしまいました。それでも実家に帰った時には大喜びで迎えてくれました。
ある年の夏、帰省中の車の中で「早く会いたいな」と話していると、母が「話しておかないといけない事がある」と言います。愛犬が前日に息を引き取ったと言うのです。少し前から病気になり、手術も難しいことは知っていました。ただ、少し前まで元気だったため、突然の事に驚きました。静かに眠るように逝った事、自宅の敷地内に埋葬した事、大好きだったりんごを一緒に埋めた事、これからは自由に遊べるように首輪は外した事などを聞きました。
今でも思い出すと涙が止まりません。最期に一緒に居られなかったことが、なにより悲しかったです。
24歳 女性のストーリー
いままででとても悲しくてどうしようもないとおもったのは、3.11の地震。
私はディズニーシーにいて、その日は家に帰ることさえもできなかった。外の状況がどうなっているかわからず、家族とも連絡がとれず、とても不安だった。次の日親が迎えにきてくれて帰ることができた。そこで外の状況をようやく把握することができた。電柱が倒れていたり、液状化になってひどい状況だった。それだけで、外の状況がひどいことはわかったが、一番ひどいのは東北であった。家に着いてから放送されているのは津波の映像。全てを飲み込む津波の映像はとても恐怖で、涙が止まらなく、悲しみを覚えた。地震も揺れが続いていて、もうやめてと叫んでしまうほどだった。何気無い日常が一番幸せで、非日常はとても悲しいものであった。
42歳 男性のストーリー
自分が5歳の時に両親が離婚したことです。その時に両親にこれからどっちと一緒に暮らしていきたいかを問われたのです。

まだ幼かった私は子供心にも直感というか優しかった父親のほうを選びました。母親の方は時折ヒステリックになり軽い暴力や暴言を振るうことがあって自分には受け入れ難かったのも事実でした。

でも幼い私にはこの先どのような生活になるのか全く想像ができす不安で仕方がなかったです。

私には2歳年下の弟もいたのですが、弟はまだ3歳で自分がどちらと暮らすかという選択肢は与えられず、母親が勝手に決めて母親と暮らすことになったのです。

またそれも悲しい出来事でした。

歳も近いため兄弟一緒に遊んだりしていたのにそれがこれから離れ離れになってしまうというのも想像が出来ずとても悲しかったです。

結局いまはお互い大人になり自由に会うことも出来て当時の事を話したりしてお互いの気持ちの折り合いをつけることが出来ました。
20歳 女性のストーリー
小学生3年生の頃から飼っていた犬が亡くなりました。

初めての死を見届けることになりました。

亡くなる前は急に心臓の病気になってしまい獣医さんからも覚悟しといてくださいと言われてました。

散歩には行けるくらいは元気だったためあまり実感無かったのが正直なところです。

亡くなる直前散歩に行きました。

深夜突然咳き込みだして、苦しそうだったため背中さすってあげると落ち着きました。

仕事も行くのも怖い日があり何度かお休みをさせてもらいました。

迷惑かけているのは十分に理解しています。

会社の同僚の人に言われたのが
病院で1日だけでも預かってもらえるよ
後は他の家族に看ててもらったら

獣医さんには病院はストレスになるから自宅の方が良いと言われていました。実際に臆病な子だったため私自身それしか方法がないです。

家族みんな仕事していたので、みんな出来る限り減らしてはいました。

そういう問題ではない時だったため

辛くて悲しい時でした。

勤怠管理している人はすごく理解してくれてあまり言われませでした。

迷惑かけているのは理解はしているが、ペットも家族なんで同僚の方に言われたのがショックでした。
56歳 男性のストーリー
私の母が平成16年12月11日に、交通事故に遭いました。
その知らせを聞いて本当に驚きました。初めての経験で、私の頭の中は,何を考えているか、わかりませんでした。人生の中で、最低最悪の、1日でした。その年は、厄年に、当たる年で、不運な事ばかりが、続きました。どうして、悪いことばかりが、起きるのかと、自問自答の連続でした。このような、年は、早く終わることばかりを祈っていました。その頃は、生きていくのに、無我夢中で、本当に大変でした。人間は、本当に、苦労の連続でした。いつも、何か嬉しいことが、ないかと、思っていました。生きるのが本当に苦しかったことばかりでした。早く春が来ないかと、いつも思っていました。












あいました。
48歳 女性のストーリー
まだ結婚する前に
3年間付き合ってた人がいたのですが、ある日突然連絡がとれなくなました。
しばらくしてから兄弟と名乗る人から彼氏は交通事故で死んだと連絡がありました。

なにか不自然さを感じ、兄弟と名乗る人に色々問い詰めるも一方的に話をするばかりでこちらの問いには答えず...一方的に連絡をシャットアウトされました。

しばらくの間、本当か嘘かもわからず不安で悲しくなり夜も眠れぬ日が続きました。

1年ほどたち彼氏のことも少しずつ考えなくなり始めた時..死んだはずの彼氏から電話がかかって来ました。
そうです、彼は自作自演で自分を死んだ事にしていたのです。
私が精神的ダメージを与えられたことなんてまったくおかまいなしに、彼氏はなに事も無かったようにごめんね、嘘ついてと言いました。
しかも3年も偽名だった事もわかりました。

信じてる人の気持ちをまったく考えてない事にとても悲しくてやりきれない気持ちになりました。
嘘をつかれるってわかった時酷く悲しくなるものです。
32歳 女性のストーリー
これまで1番悲しかった出来事は
ずっと信用していた友達に裏切られた事です。
私が付き合っていた彼と隠れて浮気をしていたので、彼に裏切られるよりも
女友達に裏切られた方がすごく傷つきました。
友達にいろいろ聞いてもまったく答えてくれず、なぜ私に黙ってそんな事をしていたのかすらわからずじまいでした。それから1年が経った頃、偶然見かけたのですが、まさかのその彼と友達が一緒にいてよく見ると彼が小さい子供と一緒にいました。
後から聞いた話ですが、2人は結婚して2人の間にできた子供でした。彼の事がすごく大好きで、結婚しようとまで言われていたのでまさか自分の友達と浮気してるとは思ってなく、なにより女友達に裏切られたのが今までで非常に悲しかった思い出でした。
24歳 女性のストーリー
私が今までに1番悲しかった経験は、初期流産を経験した時です。
結婚を前提に一緒に暮らしていた彼氏との子どもを授かり、初めは驚きましたが、なによりもこのお腹に命があるということに嬉しさが大きかったのを今でも覚えています。検査薬で陽性が出た時手が震えました。
報告をして彼も喜んでくれましたし、まだ籍を入れていない中で、お互いの両親も喜んでくれました。
産科に通い始め、初めは袋しか見えなかった赤ちゃんが少しずつ姿を見せてくれて、お腹の中で心拍も確認することができました。愛しくて愛しくて、泣きそうになりました。
先生が母子手帳をもらっておいでと言ってくれて、私も母になったんだと感動しました。
心拍も確認できたことを彼と家族に報告し、まだ人の形には見えないエコーの写真を、1日中眺めていました。
妊娠もして、彼と籍を入れることを早め、婚姻届を出しました。不思議な気持ちで、フワフワしてなんだか実感が湧きませんでした。
その2日後、また妊婦健診でした。
もらったばかりの母子手帳を握りしめて、母と一緒に病院へ行きました。
「今日のエコー写真も楽しみだなあ」「診察終わったらお母さんにも見せてね?」と会話をしながら待合室で待ち、いよいよ待ちに待ったエコー。
今日はどんな姿を見せてくれるかなと、ワクワクしながら超音波の画面を眺めました。
エコーをしてくれた先生にはいつものように笑顔がありませんでした。他の先生を呼んできてくださいと看護師さんに頼んでいて、急に不安が襲ってきました。「そんなわけないよね」と何十回も自分に言い聞かせました。
他の先生が来て、エコーをして、「心臓が動いていません。残念ですが…稽留流産です。」とわたしに告げました。頭が真っ白で、直後のことは正直覚えていません。必死に先生の話を聞くふりをしましたが、本当は頭になんて何も入りませんでした。
待合室に出ると、お母さんが笑顔で「赤ちゃんどーだった?」と言ってくれました。
その時初めて涙がとまらなくなりました。沢山の人がいる病院で、大泣きしました。
旦那が迎えに来てくれて、家に帰って旦那と2人で泣きました。「ごめんね、ごめんなさい」と、それしか言えませんでした。
今、わたしは元気な男の子のお母さんになりました。それはとても幸せで、とても愛しいです。しかし、あの時の経験は一生忘れることはありませんし、あの時、お腹に宿ってくれた子のことも、一生愛していきます。
私にとって1番悲しい経験でしたが、一瞬でもあの子の母でいられたこと、今生まれてきてくれた息子の母でいられること、それは私の誇りで、これからもこの奇跡に感謝していこうと思います。
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